4-5 桜



ディアッカは3人掛けのソファーに
天を仰ぎ見るように身を預けていた。
一方イザークは黒革のデスクチェアーに
身を沈めるように座り込んでいた。
組んだ掌の上にのせた顔は銀髪に隠され窺うことは出来ない。
しかしその沈黙は饒舌に、
彼らの心象を物語っていた。




「キサカ総帥からの報告をお聞きかと存じますが」
そう前置いて、アスランは代表の執務室の回線を通じてカガリに対して現状を伝えた。
ザラ准将として、
アスハ代表に対して。
メンデル再調査の無期限停止に伴い調査隊は解散となるが、
メンデル施設内で発生した事故の原因究明のためオーブへの帰国には時間を要すること、
さらに情報開示については極めて限定的になる蓋然性が高いことを伝えていく。
ザラ准将の淀みない報告にアスハ代表はゆっくりと頷いた。
「みなはどうしている?」
アスハ代表の表情に哀しみに手を伸ばすような優しさが香る。
そしてザラ准将の表情の機微から、
彼等が抱えている沈鬱とした閉塞感を敏感に感じ取る。
「はい・・・。
第二の自損事故が発生したことにより調査隊専属の医師を1名喪いました。
メンデルで発生した事故のこともあり、
調査隊の精神状態は思わしくありません。」
ザラ准将は薄く瞼を閉じ、頬に睫の長い影を作った。
「事故の原因究明への協力義務が発生しておりますが、
出来うることなら一刻も早くオーブへ帰還させるべきだと考えます。」
真直ぐに向けた視線の強さには、
調査隊に技術協力として組したコル爺達を一日も早くオーブへ帰すという
アスランの意志が反映されていた。
カガリは胸の内で小さく溜息をつく。

――まるで、自分と引き換えにしてでも調査隊を帰国させるつもりだな。

自分を後回しにして他者を最優先にする彼の思考は
彼の誠実さと律儀さに裏打ちされたものである。
その優しさの尊さを知るカガリであったが、
同時に危うさは何時までも拭い切れない。

――優秀なのに、何処か鈍感で。
  冷静なのに、向こう見ずで。

「だから、危なっかしいんだ・・・。」
カガリのつぶやきは唇でとけるだけで
「は・・・?」
画面越しには届かない。
「いや、了解した。
みな心身共に疲労が著しいであろう、
“万が一”が無いように努めてほしい。」
アスランは一瞬釈然としない表情を浮かべたが、
「はい。」
言葉への肯定の意を示した。
そして。
「ヤマト隊長の件について。
キラの友人として話したいことがありますので、
個人回線へと切り替えてもよろしいでしょうか。」
アスランの、公私を折り目正しく分ける律儀さに、
カガリは笑みを零して頷いた。

――本当に、あいつらしいな。

画面が一瞬暗転して、向かい合うひとは先程と変わらないのに、
その表情は互いに、微かに柔らかくなる。
その分だけ、半身の今がカガリの胸を刺す。
メンデルにおいて発生した事故現場に居合わせたこと、
さらに事故が症状を引き起こしている蓋然性が高いことから、
外部への情報漏洩防止を理由にカガリはキラと通信することを許されていなかった。
知ることも、
見ることも、
声をかけることも、
出来ない。

「キラは、どうしている。」

キラの冷え切った掌が、
シンクロするようにカガリの掌を冷やしていった、
あの時と比べてカガリの身体は通常の状態へと戻っていった。
しかし時折氷が触れたかのように指先が凍てつく感覚が過ることが増え、
何より胸の内に感じる氷のような冷たさは凝固し、
溶けることなく巣くっていた。
故にカガリはアスランから聞かずとも知っていた、
キラは今も闇の中にいるのだと。
そしてその闇とはキラだけの闇ではなく、
カガリの闇でもあるのだということを。

「ラクスが付き添っている。
ここ数日は穏やかな表情を見せるのだと、
ラクスが言っていた。」
「そうかっ!」

おそらくラクスだけが読み取れるであろう微々たる変化を、
些細な変化と解釈せずに、
快方への大きな変化と解釈するカガリは満面の喜びを露にした。
それに呼応するようにアスランは微笑み、言葉を重ねる。
「まるで、桜のようだと。」




「さぁ、今度はこちょこちょの時間ですよ。」

ラクスの歌うような声が室内に彩りを加える。
細やかな装飾が施された木製のベッドは清潔なシーツで覆われ、
その上に両足を投げ出すような格好でキラが座っていた。
その周りを色とりどりのハロたちが囲み、ラクスが寄り添っていた。
それはキラがメンデルへ発つ以前と変わらぬ風景であり、
ラクスにとってかけがえの無い特別な時間。
「いきますわよ。」
ラクスはハロたちに向かって合図を送ると寄って集ってキラをくすぐりだした。
「コチョコチョ!」
「コチョコチョ!」
ハロたちはキラの両足の裏や腹部、掌や腕などをぴょんぴょん跳ねながらくすぐる。
ラクスはその光景に目を細め、
「キラはこちらが弱点ですのよ。」
自身も至極楽しそうにキラの耳をくすぐる。
するとハロたちは挙ってキラの耳めがけて跳ねあがった。
「コチョコチョ!」
「コチョ・・・」
と、ハロは一斉に跳ねたため互いにぶつかり合い部屋の四方八方へと飛び散っていった。
「あらあら。
まるでビリヤードですわね。」
ラクスは指先を桜色の唇に添えて、くすくすと笑みを漏らした。

ラクスのあたたかな指先が肌に触れても、
ハロが賑やかに周囲を跳ね回っても、
キラは微塵も反応を見せない。
それでも、その表情は確かに穏やかであった。
まるでうららかな春の空の下、
満開の桜の木の幹に背を預け、
まどろむように。

 


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