4-4 強き光
「貴様は何を知っている。」
イザークは表情を歪めながらも、
アスランの瞳を射抜くように見つめた。
アスランは引力を持つイザークの眼差しを瞼で遮り、
視線を下げた。
ディアッカは壁に寄りかかり組んだ腕の上で指を叩きながら、
アスランの仕草の裏まで読み取るように見据えていた。
医務室の隣室である医師専用の控え室にアスランが足を踏み入れた時の表情、
そして発せられた言葉に、
2人は違和感を抱かずにはいられなかった。
あの部屋に入る前にシンとルナに掛けた言葉。
『シン、ルナを連れて今すぐ戻れっ!』
明らかにルナをあの部屋に入れることを防ごうとしていた。
まるで、この部屋に足を踏み入れる以前に事態を把握していたかのように。
さらに、横たわったコールマンを目にしたアスランが真っ先に浮かべた表情は、
己を責めるような怒りと悔恨だった。
事態への驚きや悲しみを真っ先に表すであろうはずなのに。
そして、惨劇を目の当たりにしたルナへ掛けた言葉。
『大丈夫だ。おそらくメイリンに外傷は無い。』
アスランの言葉は確信めいた説得力を帯びていた。
メイリンを一瞥しただけで、
容態を確認した訳では無かったにも関わらず。
そこから導き出したディアッカの答えは、
イザークと一致していた。
「メンデルで何があった訳?」
ディアッカの問いにアスランは顔を上げた。
ディアッカはさらに言葉を重ね、
核心に迫る。
「それが、原因なんだろ。
全部。」
アスランは戦友たちの視線と、
そこに込められた思いから逃げるつもりは毛頭無かった。
――しかし・・・。
再び犠牲者が発生したことが、アスランを躊躇させる。
本当に、彼等をメンデルの事実に晒して良いのだろうか。
誰もが、ラクスのように強くある訳ではない。
誰もが、あの事実を受け止めることができる訳ではない。
そして、眼前の戦友たちも失うのではないか。
――それでも。
アスランはイザークとディアッカを信じた。
共にメンデルの事実から真実を導き出す者として。
その背後にあるプラントの影と、共に戦うものとして。
「見せたいものがある。」
アスランは覚悟の眼差しと共に、メモリーを取り出した。
カチャリと密やかな音を立てて、アスランの白い指先でゆれる3つのマリンスノーに
イザークとディアッカは一瞬目を見開いたが、
それはすぐに硬く細められる。
彼等の中で全てがつながり、
仮説が確信に変貌した瞬間だった。
「だが、」
そう言ってアスランは3つのマリンスノーを手中に収める。
「これは、俺個人の意思によるものだ。」
その言葉は、情報を公開する責任を一手に背負うとのアスランの覚悟を示し、
同時にそうしなければならない程の情報であることを含意していた。
その真意を読みとったイザークとディアッカは、承諾を示して頷いた。
アスランはラクスにしたのと同様に、
先ず第一段階の報告書を表示する。
「これはラクス、イザークとディアッカの閲覧を目的として作成した表向きの報告書だが、
ラクスからは出外禁止を申し付けられている。」
アスランの言葉にディアッカが首を捻る。
「てことは、はなからオーブに提出しないつもりで作ったのかよ?」
アスランは表情を変えずに頷く。
「そうだ。
伝えられるはずが、無い。」
そう言い切るアスランの言葉には、プラントの影が色濃く滲み出ていた。
イザークは眉を顰めながらアスランに問う。
「ならば何故、表向きの報告書など作成する必要がある。
作業工程と調査結果の報告書は別に用意したのだろう。」
イザークの問いは最もだったが、アスランは薄く瞼を閉じると静かに答えた。
「後でわかる。」
そこにあるアスランの真意を解さないまま、
イザークとディアッカは報告書に目を通していった。
文字列が一気に画面を流れていく。
兆速で内容を掴んでいく2人の様子を、アスランは粒さに観察していた。
次に控える第二段階の報告書、
つまりはメンデルの事実は人間3人を殺しているが故に慎重にならざるを得なかった。
「なるほどねぇ。」
と、ディアッカは含みを持たせた声を漏らすと
PCの画面をコツコツと叩きながらイザークを見遣った。
「あいつらが見たものを、出せ。」
イザークは単刀直入な物言いでアスランに鋭い視線を送った後に、
画面に向き直り言葉を続ける。
「この報告書の“真打”を見たなら、
死者が出てもおかしくない。
この情報が漏洩すれば、
プラント内部の混乱で収まらないだろう。
おそらく、戦争が起きる。」
イザークは険しく表情を歪め、
無意識に拳に力を入れていた。
「クォンさんが・・・」
アスランが漏らしたその名に、イザークとディアッカは驚きと共に息を呑む。
アスランは深海のような色彩を瞳に宿しながら、
言葉を置くようにゆっくりと話し始めた。
「自ら命を絶つ前に、言っていた。
“そのファイルは人を殺す。
内側から壊す。
プラントを砕く。
粉々に。
細胞1つ残らぬ程に。”と。」
イザークとディアッカは亡くした仲間に思いを馳せ、
痛みに表情を歪めた。
未だアクチュアリティを伴わない、
しかし現実として存在するファイルに記された事実が闇のように迫り、
彼等に知らせる。
これは、現実であったのだと。
アスランはすっと息を吸い込むと、
眼前の戦友に真直ぐな視線を向けた。
「俺は、世界を砕くと思う。」
遥かに現実離れした言葉が真摯な声色にのって放たれ、
強烈なアクチュアリティを帯びる。
「だからこそ、俺は
イザークとディアッカに見てほしいと思う。
プラントを護るために。
世界が砕け散る前に。」
アスランの瞳は覚悟を湛えた眼光を宿していた。
それを引き受けたように、イザークとディアッカは不敵な笑みを浮かべた。
「はなからそのつもりだっ。」
イザークがそう言い放つと、
2人は画面に向き直り一瞬にしてその表情を一変させた。
凪いだように静寂な空気を纏い無駄な力みも隙も無い自然体でありながら、
その視線はメンデルの事実を挑むように鋭かった。
戦場の、顔だった。
恐らく、ザフトで最も誇り高い戦士はこの2人であろう。
何故なら彼等は政治の潮流に流されること無く己の信念に従い
己のプラントを護り戦い抜いてきたからだ。
故に彼等にとって、“負の象徴”としてのメンデルの事実は
プラントの国民としての、
そしてコーディネーターとしてのアイデンティティを崩壊させる程の威力を伴って
降り下ろされるであろう。
しかし、アスランは思う。
だからこそ受け止めて欲しい、と。
メンデルの事実が盲目的な希望によって創られたプラントの影であるならば、
それを打ち消すのは人間の光でしか無いのだから。
何も知らぬ無垢の光ではない、
影に抗う意志を持った、
強き光だけなのだから。
アスランは表情を硬くしたままマリンスノーを接続させ
次々とパスを解除していった。
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