4-3 コールマン
コールマンの死によって、
あたたかさと活気が戻りつつあった調査隊の空気は凍りついた。
一瞬だった。
我武者羅に報告書作成に当たることで流した汗と充実した時間は夢であったかのように
彼等の身体から現実感が抜け落ちてゆき、
事実の衝撃とそれに伴う痛みこそが現実であると見せ付けられたかのようだった。
彼等は、何も出来なかった無力感と自責の念と、
目に見えぬ、しかし確実に実体を持った言いようの無い不安と、
何ものでも埋める事のできない喪失感と悲壮感に
追い詰められていく自分を持て余していた。
この調査に加わった仲間が、
次々に命を絶ち、
自己を失っていく。
自らの足元には彼等と同じ終着点へと続くレールが敷かれているのではないか。
この連鎖は自分へと通じているのではないか。
眼前の仲間へと続いているのではないか。
また、失うのではないか。
そして、消えるのではないか。
調査艦を一瞬にして包み込んだ閉塞感に抗う力は、
最早残ってはいなかった。
コールマンの死因の特定と現場検証及び遺体の収容をドクター・シェフェルとイザークに委ね、
アスランは、入国及び入港許可を待たずして調査隊を艦から別室へと移るよう指示を出した。
一刻も早くこの場から離れることが最優先であるとのコル爺の判断は最もであり、
一方でアスランとコル爺は、それが気休めにもならないことも十分承知していた。
割り当てられたコンファレンスルームは息も詰まるほど沈鬱とした空気で圧せられていた。
アスランがイザークに指定された部屋は、特級艦長クラスに割り当てられた個室だった。
かつて何度と無く通ったこの長い廊下も、
何の感情を伴わずにアスランの視界を滑っていった。
コールマンの死の引き金となり、
おそらく最大の要因となったのはメンデルに関わる情報であると仮定すると、
施設内において直接調査に携わらなかったコールマンが情報を入手できる環境下にあった状況は
自ずと限られてくる。
キラとアスランの2重のチェックにより情報漏洩には常に目を光らせていたこと、
システムに関する異常をキラとメイリンの2人が揃って見落とす可能性はゼロに等しいこと、
加えてあの事故以前にはさして重要な情報は入手出来ていなかったという事実、
これらを考慮すると出てくる答えはひとつ。
――あの時・・・か・・・?
コールマンが研究室に足を踏み入れ、
キラとメイリンの容態を確認し治療を施し、
クォンとダニエルの死因を特定した、あの時。
―― 一体、何があった。
アスランは当時の記憶を一秒一秒逃さず思い起こす。
コールマンは、クォンとダニエルの身体に刻まれた残酷にも強すぎる意志の痕を見た。
それが自ら命を絶つ決意や手段に影響を与えたとしても、
直接の原因ではない。
――あの時は俺が立ち会っていたから、
情報はおろかPCにさえ触れることは・・・。
そこまで思考が廻って、アスランはその回路を切り替える。
――コールマンがPCに触れた?
コールマンがアスランの目の届かない間にPCに触れたと仮定すれば、
その時間はより限定される。
アスランがコールマンから目を離したのは、
コールマンにキラとメイリンの治療を指示し、
アンリ、ヴィーノ、コル爺と共に現場検証を行った、あの時。
メイリンが横たわり、キラが崩れ落ちるように座っていたあの場所には確かにPCがあり、
コールマンは一人で治療を行った。
短時間ではあるが、
あの時間ならコールマンはPCに触れることはできる。
――しかし、確かに3台のPCの画面を切り替えてロックも掛けたはずだ。
3台のPCに映し出された情報があの事故の直接原因であると判断した瞬間、
アスランは救助と遺体収容に向かってくるであろうコル爺たちへ及ぶ二次被害防止のため、
情報をメモリーに記録しながらも画面を切り替え複数のロックを掛けていた。
決してそれが誰の目にも触れないように。
と、アスランは右手で口元を押さえた。
――研究室を出る前、俺はいくつロックを解除した・・・?
クォンとダニエルの遺体を収容した後、コル爺たちを艦へ戻した。
その後、アスランもキラを連れて戻ろうとメモリーであるマリンスノーを回収しようとした時、
アスランはキラの前にあったPCの画面を見て目を疑った。
保存にはまだ時間を要するというのに、
あの時、
画面には。
――“完了”の文字が表示されていた・・・!
アスランは足を止め、開瞳したまま両手で頭を抱えた。
――あの時、
確かにロックを掛けて、
確認もしたはずだ・・・。
二次被害はどうしても防がなければならない、
アスランの使命感がその行動に結びついていたのは事実だ。
――何故、ロックが解除されていた・・・?
あのPCだけがっ!
そこまで思考が廻ってアスランは大きく頭を振り、
――違う・・・。
俺だ・・・。
壁に背中を預けて無機質な天井を見上げた。
その瞳には、
あの時の研究室の、
キラとメイリンの治療に当たるコールマンの背中が映し出されていた。
その肩が微かに震えていたことに、
当時のアスランは気が付かなかった。
何故、
複数のロックを掛けただけで危機管理への対策を完了させ、
何故、
予期せぬ事態の発生の蓋然性を考慮できなかったのか、
もっと、
もっと。
――俺の甘さが、ドクターの命を奪った・・・。
仲間を、護れなかった・・・。
仲間から、仲間を奪った・・・。
また・・・。
アスランは奥歯を噛み締め、ギリギリと拳に力を込めた。
その時、肩を叩かれて我に返った。
「こっちだぜ。」
「ディアッカ・・・。」
アスランの生返事にディアッカは肩を竦ませると、
顎で行く先である一室を示した。
ディアッカの口元は緩やかに結ばれていたが、
その瞳は静かにも据わっていた。
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