4-14 愉快な仲間たち
「ラクス様、御呼びだてして申し訳ございません。」
顔色を変えたドクター・シェフェルは深々と頭を下げた。
「気になさらないで下さいな。」
と、ラクスは常と変わらぬ優しい笑顔を浮かべた。
シェフェルはふっと心に浮力を感じ、
ラクスの持つ類稀な才能に改めて驚かされる。
人の心を軽やかに変えていく、
ラクスの力。
「キラ様はこちらに。」
シェフェルの案内で特別病室の扉を通されると、
そこには変わり果てたキラの姿があった。
まるで、
メンデルから脱出したばかりの頃に立ち戻ったように。
この数日の快方が全て、
無に帰したように
「キラ・・・。」
そうささやきながら手を取ったラクスは、
あまりの冷たさに瞳が滲むのを感じた。
その冷たさこそが、キラの痛みであり苦しみの表れであるのだから。
キラの凍てついた掌を、ラクスは胸に押し当て涙を流した。
それは澄んだ泉の一雫のように、
何処までも清らかで透明であった。
「少し、お話しませんか?」
そう声を掛けたのはアンリの方だった。
鳶色の瞳と整った目鼻立ち、
の割りにすらりと伸びた身長、
そして小さな仕草から垣間見れる育ちのよさに、
ルナは一瞬面食らった。
心が乱れていたからこそ、その言葉の意味の理解が遅れる。
「あっ、え・・・と?」
普段物怖じせずにハキハキと話すルナが、間抜けな返答をしていると
アンリの背後から聞きなれた笑い声が聞こえてきた。
「こいつのあだ名、王子っつーの。ぴったりだろ?」
ヴィーノの陽気な声に、ルナの凍てついた胸の内からふっと笑いがこみ上げてくる。
「だから、その名前は止せって。」
真面目に言い返すところから誠実さを感じ、
「ぴったりね。」
ルナはそう言ってくすくすと笑みを零した。
それを見て、今度はアンリがふわりと優しげな笑みを浮かべる。
「やっぱり、メイリンのお姉さんですね。笑顔がそっくりだ。」
妹の名が出ると、ルナは切なく視線を下げた。
それに気づいたヴィーノは陽気にアンリを茶化していく。
「だから、そういう発言が王子的なんだって〜。」
そんな2人のやりとりを眩しくも好ましく眺めていると、
右横からそっとカップが差し出された。
蕩けるように優しく甘い香りが、ゆらゆらと立ち昇る湯気と共に鼻腔をくすぐる。
そっとそちらへ視線を向ければ、
そこには小柄なお爺さんが人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「どうぞ、お嬢さん。」
すかさずヴィーノはコル爺を紹介する。
「この人はコル爺って言って、俺たちの師匠なんだっ!」
その言葉を引き受けるように、コル爺は自己紹介をした。
「メイリンはわしのことを“お爺ちゃん”と呼んでくれてのぉ。
まるで本当の爺さんになった気分じゃったわい。」
そう言って小さなお髭を揺らしながらコル爺は笑った。
「あの・・・。」
控えめに、ルナはコル爺に大きな瞳を向けた。
「ココア、ありがとうございました。
実は、泣き過ぎて喉がカラカラで。」
眉尻を下げて、ルナは困ったように笑って見せた。
――優しい子じゃの・・・。
コル爺が一人でほのぼのとした笑みを浮かべているのを逃さずに捉えたヴィーノは
アンリにこっそりと告げ口する。
「コル爺、ルナの爺さんにもなる気だな。」
アンリはくすくすと笑った。
生クリームがたっぷりとのったココアをスプーンでゆっくりとかき混ぜ、
ルナはカップを口にした。
口内に広がるココアのほろ苦さをミルクの滑らかさが包み込み、
心が優しい甘さで満たされていく。
ふーっと溜息をつくと、
ルナは目の前の3人を見詰めチロリと舌を出した。
「私、勘違いをしていたわ。」
その言葉の意を解せ無いかのように、
アンリはきょとんとした表情を浮かべた。
ふふっと、ルナは笑みを零した。
「メイリンのこと。全
然、かわいそうなんかじゃなかった。
良かった。」
そうして見せた笑顔は至極優しかった。
アンリはルナの笑顔を自らの内に容れたような笑顔を向けた。
「ルナさん。」
「ルナでいいわ。
だって、年、同じでしょ?」
ルナの口調に普段の快活さが戻りつつあることに、
ヴィーノは内心ほーっと安堵の溜息をついた。
「じゃぁ、ルナ。
ルナに話したいことがあるんだ。
メイリンのこと。
俺たちが知ってる限り、全部。」
ルナは瞬時に覚悟を構え、すっと頷いた。
それを見たコル爺は、豪快に笑いながらルナに向かって掌を振った。
「わしらの知ることなんざ、たわいないことじゃぞ。
メイリンと何を話したとか、
何を食ったとか。」
言外にリラックスするようにコル爺は促しながら、
ヴィーノとアンリと共にメイリンとの思い出を話し始めた。
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