4-13 それぞれの想い
「教えてくれませんか。」
ルナは膝の上で祈るように包み込んだ両手に力を込めた。
すっと顔を上げると、
残りの力を全て注いだような強くも儚い視線をアスランへ向けた。
「私は、メイリンの姉です。
何があったのか、知る権利があるはずです。」
その視線からルナの意志の強さを見たアスランであったが、
逆にルナの脆さも同時に示していた。
そこから導き出される答えは、
覆らない。
――今のルナマリアに伝えることは、出来ない・・・。
ふーっとイザークは息を吐き出すと、
組んだ腕の上でとんとんと指を打ちながら言葉を続けた。
「ルナマリア・ホークっ。」
名を呼ばれて、ルナははっとしたように顔を上げた。
「赤を着ているんだ、知っているだろう?
命令への絶対服従義務。」
その日常的に見慣れた威圧的な態度に、
ルナの感情と理解は追いつかない。
「アスランは報告を行い、貴様らはそれを理解しろ。
これは命令だ。
貴様が何を言おうと覆らない。」
シンは言葉のままの意味を漸く理解すると、
拳をわなわなと震わせ上官であるイザークを睨みつける。
「ふざけるなっ!!」
ガタンっ。
勢い良く椅子が倒れるのも厭わず、
シンは真直ぐにアスランに詰め寄る。
「これで説明つくかよっ。
納得しろって言うのかよっ。
あんた、知ってるんだろっ?
全部吐けよっ!」
まるで噛み付くような言葉は、
激昂そのままにぶつけられていく。
「人が3人も死んでるだっ!!」
だからこそ言えない、
そのアスランの思いは理解されるはずも無く、
「シン・・・。」
名前を呼ぶその翡翠のような澄んだ瞳が、
理不尽にもシンの神経を逆なでる。
――なんだよっ、そのすましたような顔はっ。
シンは握り締めていた怒りに震える手でアスランの胸ぐらを掴もうとしたとの時、
「よせよ。」
2人の間に割って入ったのはアンリだった。
自分と同じ年のくせに、
僅かではあるが自分より背が高いアンリの声が高く上から振り下ろされたように感じ、
シンの怒りはアンリにも広がっていく。
シンは皮肉に歪んだ笑みを浮かべ、
「はっ?部外者は黙ってろってことかよっ。」
挑むような目をアンリに向ける。
その言葉も挑発的な視線も、実直なアンリの神経に触れたが、
アンリは堪えて冷静な対処をとった。
「そんな事言ってないだろ。」
しかし、それがシンの燃え立つような感情の火に油を注ぐ結果となる。
「お前らは知ってるんだろっ。
だから、しれっとそこに座っていられるんだろっ。」
その卑屈な態度と小ばかにしたような言葉は、アンリの感情を波立てる。
「なっ。」
「あぁ、お前は直ぐにオーブへ帰るだっけ?
じゃぁ、そもそもこんなこと、関係無いよな?」
“関係無い”そのフレーズにアンリの頭は一瞬にして白光し、
室内に荒げた声が響いた。
「何も聞かされていないさっ!!
俺だってっ!みんな・・・っ!!」
アンリは今までぐちゃぐちゃな感情を押さえ込んでメイリンの看病に当たってきた分、
小さな刺激でそれが溢れそうになるのを無意識に必死に押さえ込む。
アンリにそうさせていたのは、
この数日で嫌という程見てきた傷ついた仲間たちの姿だった。
流石に2人を止めに掛かろうとしたアスランを制したのはディアッカであった。
その表情は、“やらせておけ”と物語っている。
返ってきたアンリの予想に反する言葉に驚き、
シンは一瞬動きを止める。
「だけど、知ってることもある。
仲間が、目の前で死んだんだ。」
その瞬間初めてシンはアンリの表情を直視して気が付く。
「仲間が、今も目覚めないんだ・・・。
帰ってこないんだ・・・。」
アンリの抱く深い哀しみを。
「誰も、
何も、
教えてくれない。
わからないんだ・・・、
どうしてこうなったのか。
なんで、
止められなかったのか・・・。
なんで・・・。」
そう言って、アンリは顔を伏せ鳶色の髪を左右に小さくゆらした。
「だから、みんな哀しくて、
辛くて、
悔しくて・・・、
めちゃくちゃなんだよっ!」
そう言って顔を上げたアンリの目には、熱く透明な膜が張っていた。
その目を、アンリはきつくシンへ向ける。
まるで剣を突きつけるように、
鋭く、強く、迷い無く。
その戦い方を見て、シンは頭の片隅でぼんやりと思う。
アンリと自分は、故郷が同じなのだと。
「だから、止せっ。」
アンリは静かに低く言い放った。
再び室内に緊張で満たされた沈黙が過る。
それを打ち破ったのは、ヴィーノのたどたどしい声だった。
「あっ・・・。シンっ!
王子・・・、じゃなくて、アンリの言ってること。本当なんだ・・・。」
ヴィーノは絡まった感情の糸を懸命に解きながらも言葉を紡いでいく。
ヴィーノにとってかけがえの無い仲間たちを繋ぎ止めたい一心で。
「俺たち・・・何にも知らない・・・。
それに、みんな辛い・・・。」
そう言って、ヴィーノは言葉通りの表情でうつむいたが、
直ぐに顔を上げて身振り手振りで伝えていく。
「みんなって、オーブとか、ザフトとか、関係無いんだっ!!
みんな、仲間だろっ??」
なっ?、と言わんばかりに泣き笑いの顔でヴィーノは調査隊を見回した。
その姿に、コル爺は目を細める。
「それに・・・。」
ヴィーノはごくりと息を呑んで、言葉を続ける。
「ア・・・、アスランだって・・・辛いんだ・・・。
たぶん、一番。」
その言葉に開瞳したのはアスランだった。
「ヴィーノ・・・。」
ヴィーノはしゃくりあげながら、ボタボタと涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を晒した。
「だって・・・、俺、
何も出来なかっ・・・っ。
ふっ・・・、全部っ。
アスランに、背負わせ・・・てっ・・・。」
肩を揺らしながら全身で涙を落とすように泣きじゃくるヴィーノの背中を、
コル爺は少し強めに叩いた。
「わかった、わかった。
ヴィーノ、よーしよし。」
ヴィーノの言葉は、真直ぐで、純粋で、
誰もの心に届いていく。
凝り固まった負の感情を霧散させていく。
そしてアスランは深々と頭を下げた。
「すまなかった。
護れなかった。」
垂れ下がった濃紺の髪にその表情は隠されていたが
その時一堂は初めてアスランの感情を垣間見た気がした。
たった2言の言葉と、
その後に訪れた沈黙はあまりに饒舌で
アスランの多くを語る。
その肩に何を負っていたのか。
結ばれた言葉の奥に、
何を抱え込んでいるのか。
それが何のためなのか。
アンリは掌を目元に当て、肩を揺らした。
その肩にアスランはそっと手を置くと、
悲痛に表情をゆがめた。
「色々と、我慢させてしまったな。
ごめん。」
ゆっくりと肩を叩かれたアンリは、
きつく結んだ口元から嗚咽を漏らした。
シンは、それで理解できたわけではなかった。
腑に落ちたわけでも、
納得できたわけでもなかった。
欲しかった言葉も真実も、
この手には出来なかった。
それでも思いは、
荒れ狂ったのが嘘であったように
今は静かに凪いでいた。
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