4-12 ラクスの罪悪
コンファレンスルームに集められたジュール隊と調査隊は、
ようやく許された再会の時を
喜ぶことはなかった。
ジュール隊の面々が抱いた感情は、
ただ驚愕だった。
出立を見送った時は確かにエネルギーに満ち溢れていたエンジニアたちは
不自然な程やつれ果て、
沈鬱とした表情を浮かべていたからだ。
一方、調査隊も目を見開き、
そして重力のように自然に
望まぬ納得が胸に落ちる。
そこには快活なルナの姿は無く、
代わりに在ったのは、目元を真っ赤に腫らした脱け殻のような彼女だった。
目元の赤さが胸に染み入るように刺し、
ルナの痛みが自らのものとして手に取るように理解できるからこそ、
調査隊は何も言えなかった。
言える言葉があるのなら、
とっくにその言葉を仲間たちへ掛けているはずだから。
同じ傷を負い、
同じ恐怖に追われる仲間たちへ。
3日間、ルナは泣き止むことは無く
ルナの涙を止めたくとも叶わないシンは
ずっとルナを抱きしめることしか出来なかった。
シンは壁に掛けられた時計に目をやると、
間もなく召集の時刻を指すことを確認し、
そっと隣に座るルナの手に触れた。
それに気づきルナは顔を上げ、
たどたどしくも笑顔を作ってみせる。
“だいじょうぶ”
そう、
唇を形作って薄く微笑む。
血が滲んだように赤みが射した目元は数え切れない程の涙を拭った為にカサカサで、
大きな瞳の下は不眠を告げるように青黒く落ち窪んでいた。
大丈夫、
そう言葉にしなかったのはシンに心配をかけたくなかったから。
泣き徹して虚しくも枯れた声を、
聞かせたくなかったから。
ずっと傍にいてくれたシンは、
全部わかってしまっているだろうけど。
それはルナの小さな強がりであり、
優しさだった。
だからこそ、シンはその姿の儚さにやりきれなくなる。
その感情はそのまま、定刻に入室してきた上官たちへと鋭利に向けられる。
――全部吐いてもらうからなっ!!
調査艦で出くわしたアスランの様子から、シンは確信していた。
アスランは、全てを知っているのだと。
ラクスの呼びかけにより、3人の犠牲者への黙祷が行われ、
メンデル調査隊の報告はアスランによって淡々と進められていった。
自らの不安を表出させては、
その感情はそのまま聞く者に伝播していくものだ。
だからこそアスランは、自らの抱く危惧を封じ込め
淡々と事実だけの羅列という上滑りの報告を感情を排して続ける。
それが、事実を初めて耳にするジュール隊に何ももたらさないことも、
納得できない思いを抱かせることも、
行き場の無い悲しみと憤りを感じさせることも、
全部わかっていても。
それでもそうすることが彼等にとっての最善であると、
判断したのは自分なのだから。
しかし、それを判断したのはアスランであって、
「どういうことだよっ!!」
シンではない。
ルナではない。
彼等にとっては、
憤りであり、
悲しみであり、
最善とは程遠いものだ。
「シン・・・。」
アスランは悲痛に顔を歪ませながらも
噛み付くような緋色の瞳から目を逸らさなかった。
コンファレンスルームは一気に静まり返り、
空気は硬質に変化した。
時が止まったかのような空間を刻んでいったのは、
ルナの頬から滴る涙が落ちる音だけだった。
ぽた・・・。
ぽた・・・。
ぽた・・・。
ぽた・・・。
それでも、何の言葉も返ってこない。
言葉が欲しい。
真実が知りたい。
その思いを無視するようで、
シンにとってその沈黙はあまりに冷酷だった。
その沈黙を破ったのは、
求める言葉を持つアスランではなく、
ラクスの秘書官であるエレノワであった。
「ラクス様。キラ様が。」
その声は、針を落とせば音が聞こえるほどに静まり返っていたからこそ
微かにシンの耳に届いていた。
エレノワがラクスにキラの容態の急変を耳打ちすると、
ラクスは頷き直ぐにその場を辞そうとした。
その足を止めたのは、
シンの掠れたつぶやきだった。
「こんな時まで、
男のところへ行くのかよ・・・。」
その声にルナはビクリと肩を揺らし、
ゆるゆると視線をあげてラクスを捉えた。
振り返ったラクスは2つの視線を受け止め、
背筋が凍る思いをする。
一つは、諦めを滲ませ冷め切った視線と、
もう一つは、行かないでと、すがるような儚い視線。
「あんたは、何時もそうなんだな・・・。」
シンのあまりに無礼な物言いに、エレノワは秘書官として凛と警告する。
「言葉を慎んでください。」
その言葉をあっさりと無視して、
シンは冷たい視線でラクスを放さない。
「あの時も、あんたは、
俺たちが戦っているの知ってて、
戦争で、人が死んでいってるの知ってて、
何にもしなかったじゃないかっ・・・。
どうせ、2人で、仲良く見てたんだろ?」
――俺は、それが嫌で嫌で嫌で嫌でっ。
だから、苦しくても、戦っていたのに、
あんたはっ。
為政者はっ!
シンの脳裏に甦るのは、先の大戦で散っていった命たちだった。
シンの思いもラクスの思いも理解できるアスランは、
シンを止め様とするが、
「シンっ、それは。」
その言葉もシンには届かない。
何故なら、彼の怒りと不信の根は彼の過去と故郷にあるのだから。
かつてシンがカガリに向けたように。
嘲笑にも似た笑みを浮かべ、肩で笑いながらシンは言葉を続ける。
「で、またあんたはそいつの所へ行くのかよ?
俺たち置いて。
それが、議長のすることかよっ!」
ラクスは先の戦争で犯した自らの罪を再認識する。
沈黙という罪悪。
そして、その罪の責任を果たすために、
剣を取った責任を今度こそ果たすために、
議長となった自らの立場を改めて受け止める。
「・・・行ってください・・・。」
ルナのかほそい声が、
ぐったりと椅子に身をゆだね項垂れた彼女から漏れた。
「お気持ち、お察しいたします・・・。
私だって、そうします・・・。
だから、行ってください・・・。」
消え入りそうな声で、淀みなくそう告げたルナは
痛ましく溢れる涙と感情を飲み込む痛さが
直接ラクスの胸を刺す。
それでも、ラクスは退出を意味するお辞儀をすると
迷わず扉の方へ歩を進め、キラのもとへと向かった。
背に凍てついた視線が
氷のように突き刺さるのを感じながら。
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