4-15 狙い



「はい、ストーップ。」
「おわっ!」

前だけ見て駆け出そうとしていたシンは危うくつんのめる。
目の下に突然現れた障害物を追って視線を上げると、
コンファレンスルームの扉に寄りかかったディアッカの足がすっと伸びて
行く手を阻んでいた。

「何すんだよっ。」

ギラリと眼光するどく睨むシンは、ディアッカの飄々とした態度に肩透かしをくらう。
しかしそれによってシンの肩の力が無意識に抜け落ちていくのを
シンは知らない。
他者に悟られずやってのける、
ディアッカの器用さを持ってして可能となる芸当だ。

「イザークを追っても命令は覆らないし、
だからアスランも口を割らないぜ。」

シンの思考を先回りした言葉に、
シンはふーっと息を吐き出した。

「でも、俺はやっぱり納得できない。」
「だから?」
「だから・・・。」

口篭ったシンの心の声をディアッカが肉声に変換していく。

「だから居ても立ってもいられないって、そんな所だな。」

やれやれ、と言わんばかりにディアッカは目を瞑って髪を掻きあげた。
シンは心をそのまま読まれた羞恥と、
餓鬼扱いされた苛立ちを抑えながらも反論する。

「あの時も・・・。」
「あの時って、前の戦争のことか?」

ディアッカの言葉にシンは頷き、苦虫を噛んだような表情を浮かべ
今もなお渦巻いて風化することの無い思いを言葉に変えていく。

「あの時も、俺は本当のことは何も知らされないで、
でも、それで平和になるんだって、
信じて、戦って・・・。
でも、それでも沢山死んで、
守れなくて、傷つけて・・・。」

俯いたシンは唇を噛み、拳は微かに震えていた。
掌を零れ落ちていった命たちと、
自らの手で握りつぶしていった命たちの
アクチュアリティに満ちた一瞬一瞬がシンの脳裏にフラッシュバックしていく。

「だから、もう嫌なんだよっ!
何も知らずに戦うのはっ!」

そう言って顔を上げたシンの瞳は燃え立つ緋色には、
覚悟と焦燥が混在していた。
ふっとディアッカは口元を緩めると、遠い目をしながらつぶやいた。

「撃つ理由は、命令に無い。」

ディアッカの言葉にシンは眉をよせる。

「誰のことだと思う?」

シンがその問いの答えを思考する前に、
ディアッカは新たな問いをシンにふっかけた。

「おまえさぁ、剣術に比べると射撃の精度は劣るよなぁ〜。」

その話の転換に思考が追いつかず、シンは思わず声を漏らす。

「はぁ?」
「いいか、射撃ってのはただ撃てばいいってもんじゃないだぜ。
何を狙うか、わかるか?」
「何当たり前のこと、言ってるんだよ。
標的、だろ?」

シンは話題をはぐらかされたと勘ぐり、面倒くさそうに頭を掻いた。
しかし、

「違う。」

シンは予想だにしなかったディアッカの返答と、
何より鋭く重厚な眼差しに息を呑み、
全身がぞくりと粟立ったのを感じた。

「狙うのは、タイミングだ。」

ディアッカはすっと腕をのばして銃の構えをとった。
全身が脱力されているのにもかかわらず全く隙が無いその構えに
シンはディアッカとの経験の差を感じずにはいられなかった。

「いいか、標的を狙うなんざ餓鬼だってできんだよ。
でも、それじゃ数撃たなきゃ当たらない。」

ディアッカは目に見えぬ架空の標的に標準をあわせるように、
ゆっくりと腕を動かしていく。

「無駄ダマはエネルギーを消耗するだけじゃない。
流れ弾が仲間に当たることもある。
戦力は、打った分だけ落ちる。」

そう言えば・・・と、シンは数少ないディアッカの戦闘を思い出す。

――この人、全然撃ってねぇ・・・。

ディアッカの射撃数が少ないのは、得意とする戦術が遠距離射撃だからという理由だけではない。

――なのに、確実に墜とす。

「同じ標的に同じように銃口を向けても100発撃って墜とせないやつもいるし、
1発で墜とすやつもいる。」

ディアッカは、すっと構えた腕をだらりと下ろし、

「狙ってるモノが、違うって訳。」

“おわかり?”と言わんばかりの流し目に、
シンは釣られる様に口をつく。

「タイミング・・・。」
「そ。狙うのは、」

ディアッカは一瞬で脱力した腕を伸ばして架空の弾丸を撃ち込んだ。
衝撃が跳ね返るように、
時間差でシンは一瞬の殺気を鼻腔に感じた。
墜ちた・・・、そう確信した。

「タイミング。」

そう言って振り返ったディアッカは、
ゆらりと壁に寄りかかり常と変わらぬニヒルな笑みを浮かべていた。
シンは思う。

――隙だらけなのに、無駄が無い・・・。

それがディアッカの強さであるのだと。
そこまで思考が廻って、はたとシンの思考は急ブレーキをかける。
待てよ。

――銃の撃ち方とさっきの話とどう関連があるんだ?
   なんでこいつはそんな話をふっかけてきたんだ?

思考が疑問符スパイラルに陥りそうになった時、
シンはパープルの視線を感じてはっと顔を上げた。
向けられた流し目には、“おわかり?”の文字が透けて見えそうだった。
シンは大げさに溜息をつくと、ディアッカを睨み返した。

「つまり、タイミングってことだろっ!!」

ディアッカは大仰に驚いた表情を浮かべて
「優秀〜。」
シンの頭をめちゃくちゃに掻き混ぜた。
そのあからさまな餓鬼扱いの手を、
鬱陶しげに振り払うとシンはディアッカに釘を刺す。

「必ず、掴んでやるからなっ!!」

どんな手を使っても、と心の声が聞こえるような眼差しに、
ディアッカは肩を竦めた。

――ただでは引き下がらない、
   まぁそこが、こいつの長所でもあるんだけど。

シンの胸の内では怒りの残り火はまだ消えぬものの、
その燃えあがった熱は確実に行動へと繋がるエネルギーへと転化されつつあった。
シンはその内側に計り知れない力を秘めているにも関わらず、
それを発揮する場面とそうでない場面に大きく分かれる。
それがイザークとディアッカの共通の見解だった。
端的に言って、むらがある。
故に、シンに必要なのもとは、コントロール。
上から押さえつければ全力で反発し、
下から言えば聞く可能性も考えられたが、
はなからイザークもディアッカも下から言うつもりは毛頭無い。
ならば・・・。
ディアッカは廊下を駆けていくシンの背中へ向けて銃口を向けるように狙いを定めた。

――撃ち込む場所なんて、どこにでもある。

シンが廊下とオープンスペースを繋ぐ曲がり角にさしかかった瞬間、
ディアッカは架空の銃を撃った。

――タイミングさえあえば、墜とせる。

架空の弾丸は一直線に空を抜け標的に到達した瞬間と、
シンが危うく人に衝突しそうになり、バランスを崩した瞬間がピタリと一致する。

――狙うのは、タイミング。
   じゃぁ、それを狙うのは、誰だ?

ディアッカは無言の問いをシンに投げかけながら、すっと腕を下ろした。

――そのタイミングを見極めるのは、誰だ?

オープンスペースで小さく謝罪の会釈をしているシンに、

――その責任を負うのは、誰だ?

その問いは届かない。
知らず、ディアッカはつぶやく。
「撃つ理由は、命令に無い・・・。」
先程シンに投げかけた問いが零れ
空気に溶けていく。
と、瞼に映るのは戦場を駆け抜けた戦友の姿。

――それは何時も、己の中に。

それは、全てを焼き尽くし薙ぎ払う炎の向こう側で見つけた、
彼等の真実だった。




「で、貴様は何を伏せているんだ。」
イザークは長い廊下の先を真直ぐに見据えたまま左横のアスランに向かって問うた。
アスランは表情ひとつ変えずに、目的地へと歩を進めるだけだった。
イザークはふっと、切り捨てるように息を吐き出すと、
「気が向いたら言え。
貸しを作るにこしたことは無いからな。」
変わらずに前を見据えたまま言い放った。
「あぁ。」
アスランはただ一言、そう答えるだけだった。
しかし、その声色は至極穏やかで深い奥行きを持った響きがあった。
言葉に込められたイザークの決して語らぬ言葉に、
その一言は十分すぎるほど応えていた。



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