4-11 総帥の言葉



「はい、お約束いたします。」

アスランからの交換条件として提示された
オーブからの技術協力者の一日も早い帰国の手続き及び他の調査隊の通常任務復帰を
ラクスは快諾した。
あたかもその条件が提示されると予見していたかのように。
ラクスは笑みをこぼしながら、
その様子を窺っていたイザークとディアッカに種明かしをした。

「実は、オーブのキサカ総帥から、
直々にご連絡がございましたの。」
「総帥から・・・?」
アスランの驚きの声を引き受けたように、ラクスはゆったりと頷いた。
ラクスは薄く瞳を閉じ、キサカとの会話を思い起こす。
総司令室に構えるキサカは大黒柱という言葉がぴたりと当てはまる。
寡黙な彼の口元は厳格に引かれていたが、その目元は優しく緩んでいた。
その理由を聡いラクスは読み取り、
言外に彼が案じる2人の想いを繋げる役を無言で引き受けた。

「今回の事故の未然防止が叶わなかったこと、
さらに被害が拡大したことの責任をザラ准将に厳しく問うように、と。」

キサカの言葉を一字一句違えずに、ラクスはアスランに告げる。
その響きの余韻に、アスランはキサカの低く轟くような声を無意識に重ねる。

「そして、その責任を果たすまで帰国は認めないと。」

そのあまりに厳しすぎる言葉に驚いたのは、イザークとディアッカであった。

「それが、代表のお望みであると。」
言葉を結んだラクスは、ふわりと花が綻んだような優しい笑顔を浮かべた。
アスランは、ラクスの言葉と笑顔の意味を瞬時に理解する。
ラクスを介し、キサカを介した、その先にいるカガリの想いを受け取り心に留める。
「そうですか。」
あまりに厳しすぎる処分であるにも関わらず、
アスランの表情にはやわらかさと強さがあった。

逃さずその表情を捉えたディアッカは、
思わず口笛が出そうになり、何気なさを装って口元を押さえた。

――姫さんも、いい女になったって訳ね〜。

厳しすぎる処分の真意とは、アスランの意志を尊く重しようとするカガリのはからいであると、
ディアッカは持ち前の並々ならぬ洞察力によって読み解く。
意味不明な笑みを浮かべるディアッカを余所に、
イザークは組んでいた右腕を解き
手を顎に当て思考をめぐらせる。
メンデルに関する事実を明らかにすること、
そしてその裏にある組織を引きずり出すことは、
自身とディアッカの2人のみであたるしかあるまいとイザークは考えていた。
先程の調査艦で目にしたルナとシンの様子から、
恐らく彼等には情報のごく一部さえも伝えることは叶わないと踏んでいたのだ。

――アスランが加われば戦力は十分だ。
   任務遂行においても、
   有事においても・・・。
   それに――

その先の予感はディアッカのそれと一致していた。

――アスランはまだ、何かを伏せている。

戦友であるからこそ敏感に感じ取ってしまう研ぎ澄まされた勘が
予感は確信であると告げていた。
ディアッカは片目を閉じて首筋に掌を当て、頭を左右に揺らした。

――ま、アスランのことだ、何か考えがあるんだろうけど・・・。

一人で抱え込んだ上に無言実行する戦友の性を嫌という程知っている。
そして、それを黙視することが出来ないのは自分たちの性であることも。
イザークは手元のエスプレッソに口をつけた。

――全く、世話の焼ける奴だっ。

苦味と香ばしさが口内に広がる感覚は、
慣れ親しんでいるはずなのに
全く別物の刺激として到達する。
しかし、それは細胞レベルの不適応ではなく、
拒絶ではなく、

――なかなかだな・・・。

新たな受容であった。




そんなイザークとディアッカの思考と同時進行で
今後についての話はラクスを中心として進んでいく。
「やはり、ジュール隊のみなさんにはご説明が必要ですわね。」
ラクスの言う“ご説明”がどの程度まで可能なのか、
アスランは思わず額に手を充て溜息を漏らした。
気がふれたように泣き崩れたルナと、
憤りの感情が迸ったような瞳を向けたシンに、
語れる事実など限られている。
全ての内の僅かな断片だけでは、確かにそれが確かな事実であったとしても、
上滑るだけで相手には届かない。

――納得できるはず、無いだろう・・・。

「その件については、上官である俺たちに任せてくれないか。」
ディアッカは飄々としながらも、そこには微かに含意があった。
イザークは腕を組んだままディアッカの提案に言葉を重ねる。
「カリヨンでアスランが報告した内容に、今回調査隊から提出された報告を加えたものが、限度だ。
それ以上は、伏せる。」
「しかし、それであいつらが納得できるはず無いだろう。」
先程アスランの脳裏に過った言葉が、
今度は口をついて出る。
「ま、任せろって。」
軽く請合ったディアッカの言葉に、
アスランは自身の不安を拭い切れぬままにラクスに視線を向けると、
ラクスは不動の微笑を浮かべていた。

そして、アスラン不安は杞憂となることはなく
そのまま現実となる。




← Back   Next →                      


Chapter 4   Text Top Home