3-8 陽の光



それは数分前に遡る。

外務大臣以下数名がその場を辞すと、キサカはカガリに問うた。
「何かあったのか。」
カガリは左手を右手で包み込み呼吸を整えると、キサカに向き合った。
「メンデル調査隊から報告は無いか?」
キサカは眉をひそめる。
「定例報告は今日あがるはずであったが、未だ受理していない。
が、これまで緊急の知らせは受けていない。」

――昔から、カガリの予感は的中する。
   ハウメアの巫女のように。

幼少期のカガリを思い浮かべ思わず目元をやわらかくしたキサカは、
硬く口を結んだままキラへと通信を繋ぐ。
「ヤマト隊長に定例報告の催促をしても構わないだろう。
根を詰め過ぎていないといいが。」
キサカがあまり得意ではない冗談交じりの言葉を添えたのは、
カガリの予感が杞憂に終わるように願いをこめたからだった。
しかし、ついにキラの声を聞くことは無く、
目を刺す様な鮮やかな深紅が杞憂を現実だと告げていた。

それはキサカの誤算だった。
詳細を聞かずとも感性が知らせる衝撃。
衝撃はじわじわと痛みを帯びながら、カガリを蝕む。
カガリを護ると、ウズミに誓い自身に誓ったにも関わらず、
キサカはそれを止めることはできなかった。
もはや事実を知る他無かった。



それぞれの間に鉛のような沈黙が横たわる。
それは一瞬であったのか、数分であったのか、定かではない。
それを突き破ったのはアスランだった。

「アスハ代表。」

アスランがカガリをそう呼ぶ時は、准将としての態度を示す時であった。
もっとも、先の戦争以後アスランが“カガリ”と呼ぶことは数える程度であった。
「本日提出予定の定例報告は送付不可能となりました。
作業中に発生した事故により、
これまでの調査結果も含めジュール隊長指揮下で再検討を行う必要があり、
よって本日は限定的な報告になることをご了承頂きたい。」
カガリは自動的に頷く自分を感じた。
「了解した。」
カガリは自身の声が遠く響くような錯覚を覚えた。

アスランは、もはやカガリに事実を伝える他無かった。
真実を秘匿したとしてもなお、
それがカガリを失意の闇に突き落とすことになっても。
「では、メンデルで発生した事故について報告する。」

アスランは滞りなく事実だけを、
場違いな程心地よい平静の声で紡いでいく。
アスランの意図による核心の欠落があってもなお、
その内容は衝撃的であった。
2名が命を自ら絶ち、
2名は錯乱した意識がいつ浮上するかわからない。
この状況は、情報収集を第一目的としたコロニー・メンデルにおける調査という任務と、
桁違いにかけ離れていた。
事故の詳細は、調査内容と密接に関係するためこの通信の傍受を回避するという名目で、
アスランによって伏せられた。

語られぬ真実は、
目に見えなくとも、
実体を持つ闇のように迫っていることを
その場にいる誰もが知覚していた。

アスランの発する言葉が聴覚を刺激し、
カガリの体内を血潮と共に巡る。

――キラ…。

血を分けた半身は、底知れぬ闇の中で眠り、
いつ覚めるとも解らない。
それは人を壊し、
命の燈を潰える闇。
それは日食のように、
カガリの瞳は輝きを失っていった。

細かく唇を震わせる蒼白のカガリを、アスランはキラと重ねた。
全てを背負っても、護れない…。
アスランはぐっと奥歯を噛み締めた。

堕ちゆく意識と共に崩れそうになるカガリの身体を支えたのは、
他でもない目の前のアスランだった。
カガリの瞳に張った氷の膜を通して見るアスランの瞳は、
光の届かない深海のような色彩だった。

――心が泣いてる。
  それでも、
  不器用で、
  馬鹿がつく程真面目なあいつは、
  全部背負って、前を向いてる。
  全身全霊で。

カガリは震える拳を握り締め、凛と響くアルトの声で答えた。
「了解した。
クライン議長、ジュール隊長。
出来うる限りで構わない。
今でなくとも、何時になっても良い。
何があったのか、伝えてほしい。」

そして、アスランはカガリの眼差しを感じた。

「真実を受け止める覚悟は、できている。」

瞳を閉じても、
耳を塞いでも、
ぬくもりによって感じる
陽の光のような眼差しを。 


← Back       Next →                       


Chapter 3      Text Top  Home