3-7 氷の膜



「ありがとう・・・。」
アスランの掠れた声が廊下に響いたそのとき、医務室の扉が開いた。
「どうされましたか。」
ドクターの表情からキラの容態に関することではないと読み取ったラクスは、
常と変わらぬ柔らかな笑顔を向けた。
「ジュール隊長から緊急の通信が入っているそうです。
至急お戻りください。」
アスランはラクスに視線を向け小さく頷いた。
「わかりました。すぐに戻るとお伝えください。」



深紅に染まった戦友を見て、
イザークとディアッカは一瞬言葉を失った。
「何があった。」
イザークは激昂に燃えるアイスブルーの瞳で、静かにアスランを見据えた。
アスランが口を開こうとしたその時、
「オーブ連邦首長国のキサカ総司令官より通信が入っております。
いかがいたしますか。」
その声でアスランは動きを止め、一瞬の内に思考をめぐらせる。

――定例報告の催促のための通信をマレーナがカリヨンに回したか・・・。

今回の一件は何らかの形でオーブに報告しなければならないことには違いなかった。
そしてそれがカガリの耳に入るのは時間の問題だった。
メンデルで起きた事故とキラの容態、
そしてその根底にある事実をカガリが知れば・・・。
そこまでアスランの思考が巡った時、
脳裏にあの研究室で起きた全てがフラッシュバックした。
同様のことは、この場にいる全ての人間に降りかかる可能性がある。
しかし、最も衝撃をこうむるのは間違いなくカガリだ。
人間を内側から壊すそれにより、
オーブの、
そして彼自身の灯火であるカガリの光が粉々に砕かれる。
今、キラがそうであるように。
カガリの傍にいることができない今のアスランには、
カガリが被るであろう痛みと衝撃を可能な限り削ぎ落とし、
形骸化した報告に留めるしかなかった。

――それならば、なおさらキサカさんに先に話を通すべきか・・・。

沈黙を破ったのはラクスだった。
「わたくしたちは知らなければなりません。
そこに何があったのか。」

その言葉から通信を繋げ同時に報告を行おうとしているラクスの意図を汲み取り、
イザークとディアッカは思案する。
ディアッカは眉をひそめながらイザークに耳打ちする。
「ラクスは事情を知った上で言ってるんだよな?
傍受される可能性を含めて。」
イザークは小さくうなずく。
「おそらくな。
アスランがうまくやることを見越して、のことだろうが。」
ディアッカはイザークの意向を確認すると
「こっちは構わないぜ。」
と、あえて軽く返答をした。

イザークは真摯な眼差しそのままにふっと笑みを浮かべた。
「見ろ、奴の眼・・・。背負ってやがる。」
「相変わらずだな、あいつも。」 

ジュール隊からの許可を待って、ラクスは通信を繋いだ。
見慣れたオーブの軍司令部とカリヨンが結ばれる。
映し出された存在に、
画面を挟み2人は瞳を見開き、
唇で互いの名を形作る。

――カガリ・・・っ。
――アス・・・ラ・・・。

アスランは深紅に染め上げた軍服をまとい、
蒼白な表情に宿る眼光は消え入りそうな程儚かった。
異常な程熱を失った掌が知らせた不確実な予感は、
動かせぬ事実へ変貌した。

カガリは瞳に膜がはられていくのを感じた。
刺すような冷たさのその膜は、
まるで溶けない氷のようだった。


それはアスランの誤算だった。
キサカの職務へ向けられる厳格な姿勢を考慮しても、
定例報告を催促するためだけに、
カリヨンへ通信を回してまで接触をはかるとは考えがたかった。
次に考えられるのは、オーブで緊急を要する有事の発生であったが、
キサカとカガリの様子からその可能性は低いと判断できた。

――何故…。
   どうして、今っ・・・。

アスランは一瞬沸き上がった疑問を思考から廃除し、
今すべきことに全ての意識を注いだ。 


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