3-6 それは杞憂ではなく
――メンデルから異常は報告されていないんだな・・・。
メンデルからの定例報告が挙がっているはずの今日、 キサカが平静に構えている様子から、
カガリは小さな安堵の溜息を漏らした。
そのカガリの表情から、逆にキサカは思案した。
幼少の頃からカガリの護衛として傍に仕えてきたキサカは、
恐れ多いと感じながらも家族のような愛情を抱き、惜しみなく注いでいた。
先の戦争を境に、カガリはウズミを彷彿とさせる威厳を宿した。
と同時に、年齢相応の表情を以前にも増して表に出さなくなった。
代表としてではない、
カガリとしての感情は深く胸に収められた。
その機微を読み取れる者は少ないからこそ、
尚のことキサカは見逃さず受け止める。
”彼”を失って以来、
誰にも甘えることの無くなったカガリが
いつ寄りかかっても良いように。
しかし、未だその時を見ないことに、
キサカは苦い思いを抱いていた。
外務大臣の主導によりガスパル共和国への外交路線の転換についての概要が説明されていく。
カガリの冷え切った掌は、
明確な外的要因に拠らないからこそ確実さを帯び、
言いようの無い不安は胸のうちで 実態を持つように具現化されていく。
しかしその間、カガリは代表として意識を集中させ、 案件に言葉を重ねていった。
今の自分に出来る事に精一杯励むこと、
それが今、
彼らに応える全てなのだと、
カガリは信じていた。
「奴らは何をやっているっ!!」
イザークの苛立ちは、とうに沸点を越えていた。
不意に掴まされた事実。
イザークとディアッカは、それがメンデルから流されたと
ハッキングの経路から結論付けた。
遠隔から情報を操作した可能性は高いが、
逆にその裏をかくことも考えられる。
それは、
主犯がメンデルに潜伏しているという最悪のシナリオ。
故にイザークはハッキングを打ち切ると、 間髪入れずにキラに通信を入れた。
だが、暫く待っても返答は無かった。
――何も無ければそれでいい。
だが・・・、これは思った以上に厄介な裏がある・・・。
痺れを切らしたイザークはエスプレッソを一気に呷ると、勢い良くカップを置いた。
それは、叩き付けたと言っても過言ではなかった。
――やれやれ・・・。
ディアッカはイザークとは反対側の頬を緩めると、
調査艦の通信を直接ひらこうとして
手を止めた。
「おい、あいつらメンデルを離脱してるぜ・・・。」
イザークが食いいるように画面を睨みつける。
「どういうことだっ!」
「さぁ・・・。
だけど、作業を中断してメンデル離脱しといて
何の連絡無しってことは、穏やかじゃねぇな。」
ディアッカの緩んだ頬は引き締まり、眼光が鋭くなる。
イザークは調査艦の通信を繋いだ。
画面に映し出されたのは、
そこにいるはずのメイリンではなかった。
「ジュール・・・・隊長・・・っ!!」
マレーナは長いまつげで縁取られた瞳を見開いた。
イザークとディアッカは1つ、
感覚的な違和感を知覚した。
何も無ければ気にも留めないであろうその機微は、
今の2人の過度に研ぎ澄まされた観察眼に捕らえられる。
「ご苦労。ヤマト隊長を出せ。」
必要最小限にそぎ落とされた用件を矢のように飛ばす。
と、マレーナは瞬きを繰り返しながら視線を泳がせる。
イザークとディアッカが知覚した感覚的な違和感に、確実性が付与される。
マレーナは迷っていた。
立場としては、あの事実を自分が報告しても差し支えは無いだろうが、
アスランの様子からそれが憚られると直感していた。
それを察したコル爺が横から口を出した。
「キラも、アスランも、ここにはおらん。」
「あ?」
イザークとディアッカは眉をひそめる。
確実性を帯びた違和感は、
異常へと変貌する。
「2人はカリヨンに同船しておる。」
コル爺の言葉を待たずしてディアッカが声を荒げる。
「無事なんだろうな、爺さん!」
「アスランから詳しい報告があるじゃろう。
わしらが言えることはそれだけじゃ。」
2人の鼓動が一気に高鳴る。
と同時に、頭脳は急激に冷え切っていく。
それは戦闘を繰り返す間に否応無く身に付いた、
冷静な判断を下すための条件反射だった。