3-5 半身の掌



ちょうどその一刻程前。

オーブの政務室ではガスパル共和国専属の外国官および外務大臣との会議が終了した。
再三の交渉にも関わらず、ガスパル共和国からは同様の返答が繰り返されるのみであり、
オーブからの提案である共同調査が受諾されることは無かった。
従って外交路線を修正し、
オーブ・ガスパル共和国双方の国家安全保障を目的とし、
一定期間に限定し両国の領海線上の警戒を強め、
随時情報を開示することで相互に安全を確保しようという提案を新たに用意した。

外交官は苦虫をかんだような表情で小さな溜息をついた。
「申し訳ございません。このような譲歩に至り・・・。」
後ろ向きな若き外交官の態度を、外務大臣は快活に笑い飛ばした。
「これで全てが終わった訳ではない。  
外交とは一時の交渉ではなく、長い道のりを共に歩んでいくことだ。」
これからだとばかりに、外交官の肩を叩いた。
カガリは労いを込めて笑顔を向けた。
「双方にとって利益になる安全保障を実現できることは、素晴らしいことじゃないか。」

その笑顔はオーブを照らし
世界を照らす
陽の光。
陽の光は、平等に絶えることなく降り注ぎ、
人々の心をあたため続ける。

「国は違えど、そこに住む民は同じ人間だ。
平和への希求に、差別などない。
より多くの国と共に、平和の道を歩んでいきたいものだな。」

その光は、カガリが焚きつける灯火。
そこにくべられるものは、カガリが削った自身の魂だった。

カガリと外務大臣および数名の外交官は、外交路線の修正に伴う報告と今後の対処について
軍本部のキサカ総司令官の元へと向かった。
とうに陽は地平線の向こう側へと姿を消し、 満天の星空が広がっていた。
戸締りを行う守衛が窓を閉めようとした時、 カガリの頬を心地よい夜風がかすめ 金糸が舞った。

――今宵はなんと穏やかなことか。

と、カガリは突然、自身の掌が凍りついたような錯覚に陥った。
左右の指を絡めても温度を感じず、 血潮が留まったように血色すら抜け落ちたようだった。
頬に右手を当てると、凍てつく指先はまるで他者のもののようだった。
と、今度は胸の内が冷え込むのを感じた。

――キラ・・・?

「代表、いかがされましたか?」

傍に控えていた外交官が、心配そうな面持ちを向ける。
「大丈夫だ。」
カガリは片手を挙げ、気丈に振舞った。

――何かあったのか・・・?
   メンデルで・・・。



カガリは満天の星空を見上げ、
思いを馳せる。
時として、
半身は距離を越え、
半身とシンクロする。
午後の抜けるような青空の下に感じた胸騒ぎに加え、
言いようの無い不安は確かさを持って凝固し、
存在を強めた。

故に、メンデル調査の情報が集約されているキサカの元へと足を早めた。
それを確かめるために。


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