3-31 アスランとカガリの願い



ラクスはテーブルにカップを置くと、
改めてアスランに向き合った。

『逃げません。
屈しません。
そして、見つけます。
わたくしの、真実を。』

あの時と同じ、ラクスは清らかな微笑みを浮かべ、
その瞳には揺ぎ無いものが強く煌いていた。

「メンデルで、何が行われていたのか。」

生命の創造という名の、
生命破壊という生産の繰り返しと、

「何を成し遂げようとしていたのか。」

スーパーコーディネーターの創造による、
コーディネーターの未来の創造と、

「メンデルの事実は、わかりました。
そして、その結果としてのキラということも。」

その結実としてのキラと名づけられた固体の創造。
それが、メンデルで成された事実。

「メンデルの真実は、まだ探している途中です。」

事実とは、事象の断片の集合体であるとすれば、
真実とは、自己を通して見た世界を
自己が構成したものである。

「ですが・・・、
見つかったものもあります。」

真実とは、想いだ。
なぜなら、
真実という世界を見つめるのは自己だから。
見つめる行為は自己の行為であり、
その行為の根底には想いがあり、
その行為を通して想いを、
世界を、
生成し続けるから。

「わたくしは、キラを愛しています。
それが、わたくしの、真実です。」

「ですから、わたくしは
キラと共にありたいと思います。」

「これからも。
永久に。」

ラクスの瞳に煌く揺ぎ無いもの、
それはラクスの真実。
ラクスの今抱く想いであり、
未来へ描く願いであり、
叶え続ける夢。
ラクスが紡ぐ言葉は、
常と変わらず歌うように発せられるのに、
その声は迷い無い強さによって凛と響く。
常と変わらぬ花が綻んだような微笑を浮かべながらも、
瞳には真実を歩み続ける1本道を映し出し、
煌きはその覚悟を示しているかのようだった。

それはアスランがラクスの強さに、
改めて触れた瞬間だった。

そして自己を放棄しひとりとなった親友へと思いを馳せた。
「キラも、真実を見つけられるといいな。
ラクスと同じ、真実を。」
と、アスランは右手でラクスの左手を取り掌の上にそっと忍ばせた。
ラクスはアスランの行為の意を解せず、
小首を傾げ長い睫を瞬かせた。
その仕草は年相応の可憐さを帯びていた。
ラクスは、まるで花のつぼみが開くようにそっと掌をとくと、
眼前のそれに言葉を失った。

1組のリングが放つ銀色の光が、
ラクスの瞳に映し出される。

キラに奪われ、
キラが外し、
失くした愛の証の象徴。
それが今、柔らかな曲線を描くリングとして
再びラクスの掌に帰ってきた。

ラクスは震える掌で口元を押さえたが、
こみ上げるものは押さえきれず
リングを霞ませやわらかに輝かせる。

「カガリと一緒に創ったんだ。」

アスランの言葉に呼応するように顔を上げたラクスは涙を溜めていた。

「カガリ・・・と?」

アスランは穏やかな表情で頷いた。

リングのデザインは、
アスランとカガリの画面越しの会話の中で自然と出来上がっていった。
ラクスの髪飾りをイメージさせる2つの波のようなひねりを
中央から左寄りにあしらったシンプルなリング。
その中央には、キラとラクスを象徴するようなモチーフが描かれている。

「カガリが、キラとラクスは“翼”だと。」

一回り大きなリングには片方の翼、
そして小さなリングにはもう片方の翼が描かれている。
アスランはラクスの掌のリングを2つ重ねて見せた。
するとそこに現れたのはひとつのつがいの

「翼――。」

『2つがひとつになって、
自由に大空を羽ばたく。
キラとラクスは“翼”だ。
思いと力がひとつになって、
未来を切り開いてきた2人だから。
その2人は、何時でも何ものにも縛られない、
自由であってほしいから。
ずっと2人で、いてほしいから。
ひとつであって、ほしいから。』

「カガリが、そう言っていたんだ。
俺も、同じように思う。」

他者が手や口を加えなくともキラとラクスが繋いだ手は離れることは無いと、
2人が寄り添いあって共に生きていくのだと、
疑う余地など無かった。
しかし、あの時カガリは言葉を紡げば紡ぐほど、
声が潤み、瞳が揺らめいていくように見えたのは気のせいでは無かった。
きっと、いや確かにカガリはキラとラクスの間に起きた只ならぬ何かを感じ取っていた。
それでも、カガリの言葉にはその真実を信じる想いが込められていた。
その言葉はアスランに違わず重なっていた。

信じることとは、
過去を歩んできた自分が未来へ志向する行為。
それは、願うことと同じ行為。

だからカガリとアスランはキラとラクスを願った。
離れることの意味を、
痛いほど知る2人だからこそ、
強く願って止まない。

「キラとラクスが、共にあるように。」

ラクスの耳に届いた祈りのような言葉は、
アスランの声とカガリの声が重なったように聴こえた。
ラクスの瞳から零れ落ちた涙は、
触れなくともわかるほど、あたたかかった。
他者の思いやりというぬくもりによってあたためられた涙。
それは胸の内から湧き上がり、
瞳を心地よくも熱くし、
胸に還るように心に染み渡っていく。

「・・・ありがとう・・・ございます・・・。」

ラクスはゆっくりと左手を右手で包み込み強く胸に抱いた。

――ありがとうございます・・・。



キラとラクスが共にあることを祝福してくれる人は数え切れぬほど存在する。
それは婚約レセプションの列席者や、
寄せられた祝辞や花の数々が物語っていた。
陽だまりのように穏やかなキラとラクスは、
言葉がなくても分かり合える程ひとつだった。
揺ぎ無く、
絶えることのない、
あたたかな光のような想いに包まれていた。

多くのひとにとって、それは当たり前の光景。
そして、永久に続く光景。

だが、どれだけのひとが、
そのあたりまえの尊さを知り
2人が共にあるということを願い続けただろう。
それこそが、
2人がひとつであることを支えるものであると、知りながら。



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