3-2 春の空



マレーナはストライクからの通信を繋ぐ。
「アスラン!!」
安堵によって持ち上がったマレーナの口角は、瞬時に伏せられる。
画面に映し出されたのは、
真紅に染まるアスランと、
蒼白のキラだった。
言葉も呼吸も失ったマレーナに、 アスランの平静な声で指示が飛ぶ。
「調査隊は無事か?」
マレーナの口内は一瞬で水分を失い、声を発することができない。

――無事って・・・。

画面に映し出された無事の言葉とはかけ離れた2人を目にし、
針を落とせば聞こえる程静まり返った艦の異常性に包まれ、
アスランから発せられた言葉が、 不協和音のように感じられた。
固まったマレーナは肩に心地よい程の熱を感じ、
振り向くとコル爺が肩に大きな掌をのせていた。
マレーナは理解を置き去りにして、状況を報告する。

「はい。 先程お伝えした熱源との接触はありませんでした。
調査隊は艦内で待機しています。」
アスランは小さく頷く。
「メイリンは医務室にて治療を受けているそうです。」

――治療・・・。

アスランはキラを一瞥する。
絶望に傾く意識を振り切るように、ぐっと瞳を閉じた。

「了解した。ヤマト隊長は俺が保護した。」
ほっと柔らかな笑顔をマレーナは浮かべた。
それは、調査に当たった短期間の内に芽生えた
キラへの親しみと信頼の表れであった。
「メイリン同様にヤマト隊長にも治療が必要だ。
継続して俺が代行して指示を出す。」
コル爺の眉間の皺が一層深く刻まれる。

――まるで、責任をすべて自分に帰結させるような物言いじゃな。

コル爺は、アスランの責任感の強さ、
そして自己を後手に回し他者を最優先させる気質を 十分すぎる程理解していた。
あの研究室で何が起きたのか、 コル爺は未だその真実をつかめてはいない。
しかし、アスランがその全てを背負ったことは確信していた。

――それを背負うべき立場にいるのも、背負えるのも、
   おそらくアスランだけじゃな・・・。
   だが・・・。

コル爺は奥歯を噛み締めた。

アスランは指示を続ける。
「このままカリヨンと合流する。
カリヨンはクライン議長の艦だ。
議長が同船しているかどうかは不明だが、この非常事態に一隻で行動することは危険だ。」

――俺たちにとっても、
   カリヨンにとっても・・・。

「了解したぁぁ!!」
コル爺の馬鹿でかい声が、突風のようにストライクに吹きぬける。
モニターに映し出されたコル爺は、憮然とした表情で親指を立てていた。
「こっちはわしに任せろぃ。」
アスランは瞳を見開き、 じわりとした胸の熱を感じた。
「はい。」
アスランは、 目を凝らさなければ判別できない程
小さな笑みを浮かべた。



続けてアスランはカリヨンに通信を入れる。

――ラクス・・・っ。

アスランは祈るようにキラの肩に触れた。
今のキラに必要なことは最新鋭の医療による治療ではない。
今のキラを救えるのは、
ラクスしかいない。

――ラクスっ!

祈りが口を伝うその瞬間、
画面に映し出されたのは
天の女神だった。
うららかな春の空を彷彿とさせる
ラクスの瞳。
その瞳は、
どれだけ人の心をあたためたことだろう。

その瞳が衝撃によって見開かれる。
瞳の先に映ったものは、
全ての色彩を抜かれたように蒼白なキラだった。
鮮血に染まったアスランの色彩が、
生を失ったキラの表情を鮮やかな程突きつける。
現実は鋭利な矢のように
ラクスの胸に深く突き刺さる。

アスランはゆっくりと言葉を紡いだ。
「ラクス、
キラを、頼む。」

ラクスの衝撃を哀しみを和らげようと、
静かに、穏やかに。
しかし、

「頼む。」

アスランの表情は微かにゆがみ、
その声は震えに堪えるように硬かった。

「おまかせください。」

うららかな春の空に、覚悟の煌きが宿る。
ラクスは真直ぐな瞳をアスランに向けた。

「ありがとう・・・。」

掠れたアスランの声は、 宇宙に溶けた。 


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