3-1 生の放棄
アスランはフルスロットルで、ストライクを直進させた。
力なく蹲ったキラの表情は見えない。
精気が枯渇したように、
キラからは生そのものが感じられなかった。
一発の銃声、
そしてメイリンの悲鳴。
全てはここから始まった。
暴力的に突きつけられた事実。
尊厳の保持の名の下に
自ら命を絶った2人。
それはキラにとって、
自己の存在に対する他者の
精神と生命からの拒絶を示した。
『生そのものが悪の象徴だと、
何故気が付かなかったっ・・・!』
『どうして泣くの・・・?
僕たちは、同じだよ・・・』
『消えろおぉぉ!!』
キラは、ケイを否定した。
それは遺伝子レベルで感知した不適応による自己の否定であった。
そしてキラは、 生を放棄した。
殺す。
内側から壊す。
砕く、
粉々に。
細胞一つ残らぬ程に。
対照的に、アスランは自己の生を強引に奮い立たせていた。
魂を削って、燃やすように。
現実も、
それが示す意味も、
その奥にある真実も、
アスランは一心に背負い込んだ。
それが、
思考を、
体を支配するようにアスランの意識を侵食する。
しかし、アスランはただ前へ進むことに意識を集中した。
今、自分にできることに選択肢など無かった。
――護りたい
その思い、ひとつだった。
垂れ流した血液の分だけ奪われる体温も、
乾ききった指先も、
不自然な程耳に響く鼓動も・・・。
すべてアスラン自身の知覚を免れ
背景のように流されていく。
程なくして赤いゲートが目に入った。
と、
アスランは脳髄を鷲掴みにされたような頭痛に襲われる。
痺れは体を直下するように、
急速に蝕む。
身に覚えのある、
痺れるような頭痛・・・。
『アスラン・・・。』
2つの過去の記憶が、
痺れと共に流入する。
細胞が、
遺伝子の螺旋が、
粟立つ。
――・・・いる・・・。
赤いゲートを左折せず直進すれば、
父と同じ存在が、
そこにいる。
それは確信めいた直感であった。
アスランは震える拳を振り上げ、
鮮血が滲む脇腹へ振り下ろした。
「ぐぁっ・・・っ!」
苦痛に表情を歪めた拍子に、
米神から冷たい汗が零れ落ちる。
アスランは痛みによって、痺れと共に引き込まれていく意識をつなぎとめようとした。
モニターに周辺の熱源反応を表示させると、
エレウテリアー以外のMSが存在せず、
代わりに小型の戦艦クラスの熱源が急速に接近していることを示した。
息を呑みライブラリに意識を注ぐと、そこには「carillon」の文字が表示された。
アスランは安堵の溜息をつくと赤いゲートを左折した。
「キラ、もうすぐだ。
帰るんだ、ラクスの元へ。」
その声は確かにキラの聴覚を刺激したが、
何処にも響くことはなかった。
目の前に迫る天の女神の存在に救いを求めるように
ストライクは宇宙を駆けた。