3-15 マリンスノー



アスランは研究室で掴まされたファイル以外の情報を作業報告作成に必要な情報としてコル爺に託し、
カリヨンに戻った。
それはコル爺の計らいであった。
他の乗組員を気にせず、“アスランのすべきこと”に集中して取り組めるようにと、
カリヨンへ移るようアスランに促したのである。

ラクスによって用意された作業用の一室に入ると、アスランは扉を背にもたれた。
背中を預け宇宙を見上げるように顔を上げた。
宇宙空間にいれば全方向の先に宇宙がある。
コロニーの中、
戦艦の中、
MSの中、
何処にいても宇宙に包まれている。
それでも人は宇宙を見上げてしまうのは、
まるで遺伝子にそう書き込まれているかのようだ。
あの螺旋の何処かに。

アスランは軍服の襟元を緩め、項にかかる紐を引いた。
カチャリと密やかな摩擦音が胸元から零れ、
護り石に掛けたメモリーを取り出した。
指の爪程の大きさのキューブ状のメモリーをアスランはぼんやりと眺めた。

ユニバーサルスタンダードを刷新させたセキュリティ機能を誇る、
モルゲンレーテ社によって世に出された、文字通り最先端のメモリー。
その機能性に絶大な支持を受けたメモリーは、
その美しい外装からマリンスノーの二つ名で瞬く間に全世界に広がった。
特殊コーティングの内側では、
碧き地球を思わせる瑠璃色の中で、
幾つもの白銀の光がゆらゆらと揺らめいていた。
まるで、音もなくゆっくりと深海に降り続くマリンスノーのように。

プランクトン等の屍骸が集積し、
白く煌きながら深海をゆっくりと降下する。
その光景は深海に降り積もる雪そのものだ。
体積したマリンスノーは循環し、
長い時間をかけて新たな生命の誕生を支える。
深海で行われている営みは、
生命を生み出した海の深淵で迎える生命の終焉であり、
同時に生命の創生である。

人は、生命の誕生と進化という神秘を湛えたその海に、
もう一つの神秘である宇宙を見た。
果てしなく続く瑠璃色の深海に、
広大な宇宙を。
青白い蛍光を放つマリンスノーに、
満天の星空を。
人間にとって深海は、地球上の宇宙だった。
人の追い求める深遠によって結ばれてきた、
地球と宇宙。
マリンスノーの二つ名を持つこのメモリーには、
そのようなメッセージが付加された。
技術によって地球と宇宙をつなぎ世界の平和に貢献する、
モルゲンレーテ社による世界への呼びかけとして。


――これなら、
  ハードに保存された情報が残存することも、
  外部からハッキングされることも無い。
  情報漏洩の可能性はゼロに等しい。

アスランはこんな風にメモリーを眺める日が来るとは、思ってもみなかった。
と言うのも、このメモリーを開発したのは他でもないアスランだったからである。

アスランは護り石からメモリーを取り外し、
PCに向かった。
その先に待つキラとカガリの宿命から瞳を背けない覚悟を、
真実を背負う覚悟を、
その胸に抱きながら。 


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