3-14 想いを遂げる、そのために



各人が保持する全てのデータを回収して割り当てられた部屋に戻ると、
アスランはチェックを入れていく。
と、ロックのかかった扉をドンドン叩く音が響いた。
アスランは口元に微かな笑みを浮かべると作業中の画面を確認すると、
扉のロックを外した。

「コル爺、どうされましたか。」

と、アスランの問いかけを擦り抜け、
コル爺はデスクの隣にどっかりと腰を降ろした。
無論、小柄なコル爺である、
ちんまりと座ったと形容したほうが正しい。

「補佐をよこせと言えんのか、まったく。」
コル爺はアスランに向けてぶっきらぼうに腕を伸ばした。
「・・・補佐をしてくださる・・・のですか?」

アスランは思案を廻らせた。
メンデル再調査におけるオーブからの技術者を募る際に、コル爺は自ら手を挙げた。
『わしを連れて行け』、と。
コル爺の経験に裏打ちされた技術と独創性はおそらく世界屈指であり、
技術者としても人間としても尊敬の念を抱いていたアスランは、
コル爺の申し出を素直に嬉しく感じた。
しかし、
余所見をせず干渉せず、
ものづくりという己の道にひたすら没頭し続けてきたコル爺から発せられたその一言を聞いた者は
誰もが驚愕のあまり耳を疑ったという。
旧式の、それもプラントのコロニー及び施設の修繕という任務に、
次々と最新鋭の機動兵器を世に出し続けたコル爺が何故興味を示したのか、と
。『コル爺も現役引退ってコトか。』
そんな噂がささやかれる中、
口数が少ないコル爺は『わしを連れて行け』の一点張りだった。
そんなコル爺の様子を見て、アスランは何も詮索しなかった。

しかし、コル爺の真意とは何だったのであろうか。
ウズミがカガリに託した剣である「暁」の設計をコル爺が一手に負っていた経緯から、
コル爺とウズミは堅い信頼で結ばれていたことは容易に推測できた。
おそらく一国の代表と一技術者に留まらず、
人と人として。
そう思い当たるもうひとつの根拠は、
“義兄弟の契りを交わした仲”として公にされているキラとカガリの本当の関係を知っていたからである。
2人は血を分けた双子である、と。
だからこそ、メンデルでキラとアスランが内密に取り掛かった深夜の調査へ
コル爺を迎えることができたのである。

あの時コル爺は、いつものしわがれた声で、
『知っとるよ。キラとカガリが双子じゃってことは。』
とニッカリ笑って
『なんたって、カガリはわしの孫みたいなもんじゃからなっ。』
と言ったきり、口の代わりに手を動かし始めた。

そこまで思考が廻ってアスランは、仮説と共にコル爺に向き直る。

――コル爺は、キラとカガリの出生がメンデルにあることも知っていた・・・?
   だとしたら、それを伝えたのはおそらくウズミ様だ。


「コル爺は、どこまでご存知なのですか。」

コル爺は小さなお髭を撫でながら、目元を緩める。

「お前さんと変わらんよ。
わしにとっては、カガリはカガリじゃからな。」

その瞳にコル爺はアスランを捉えながらも、
幼少の頃からコル爺なりに愛情を注いできたカガリを映していた。
それがコル爺の真実であり、
同時にアスランは知った上での答えであると解釈した。

「さて、これまでの作業報告書でも作成しようかの。」
と、コル爺はアスランのPCを見遣った。
「はい、できれば皆で詳細な報告書を作成していただけませんか。」
「そうじゃの、あの事故を受けて虚脱感に襲われている者もおるからの。
手ぇ動かしてりゃ、気持ちも落ち着くってもんじゃ。」
簡単な作業実施経過は業務後に成されたものが既にあったが、
艦内の者に無理やりにでも作業を振る必要があった。
それが彼等のケアにも繋がるということは事実であったが、
それ位しか出来ない不甲斐無さをアスランは感じた。
「こっちは任せろぃ、
と、言ったはずじゃ。」
コル爺は眩しそうに目を細めて、
しわがれた、至極優しい声を発した。
「アスランの、やりたいようにやればいい。
すべきことが、あるんじゃろ。」

アスランは肩に熱を感じ、はっとした。
コル爺の掌から発せられる心地よい熱が、
肩から身体にじんわりと浸透していく。

「お願いします。」
アスランは深く頭を下げた。



一人で背負うしかなかった。
だが、背負って、
今こうして前を向けるのは、
自分を支えてくれる存在があるからだ。
照らしてくれる光があるからだ。

自分の思いを貫く力は、
実現する力は、
自己が持つ力だけではない。
自己のみで完結するものでもなく、
満ち足りるものでもない。

それは、他者によってもたらされるものでもあるのだと。
だから顔を上げて、前を向くことができる。
想いを遂げる、そのために。 

 


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