3-13 虚脱感の中で



アスランは胸元に手を当て、
軍服の上から石を握り締める。
いつの頃からかついた、癖。



アスランは一人ひとりに声をかけていった。
艦内の者は先程カリヨンでなされた報告を傍聴していたため、
事故の概要は把握していたようだった。
しかし、誰が納得できようか。
時を共にした仲間を、
今朝も笑顔で挨拶を交わした彼等を、
そして今頃ここで談笑しているであろう彼等を、
亡くした衝撃。
それに見合うものがここには何も無い。
仲間を襲った事実も、
喪失の原因も。
ただあるのは、言いようの無い虚脱感だった。



アスランは最後に、メイリンが眠る医務室へと向かった。
扉の前で足が鉛のように重くなる。

――また、俺はメイリンを巻き込んだんだな・・・。

アスランは扉に手を掛けようとしたとき、扉の向こう側で衝撃音が発せられた。
硬質な物体が衝突する音、
ついで無数の金属音。
アスランはすぐに扉を開けると、そこに点滴が台ごと投げ飛ばされる。
メイリンの叫び声と同時に、アンリが宙を舞う。
アンリは瞬時に体勢を立て直すとメイリンの背後に回った。
メイリンは開ききった瞳孔で泣き叫びながら、
緋色の髪を振り乱し手足をばたつかせている。
本能的な抵抗行為。

「ごめん、メイリンっ!」

アンリはメイリンの首筋に手刀を入れ、
おとなしくなったメイリンを抱きかかえるようにベットに横たえる。
「ありがとう、アンリ。」
ドクター・コールマンは手早くメイリンに注射器を宛がった。
腕まくりしたドクターの腕には、人間の仕業とは思えない生々しい引っかき傷が無数につけられていた。
横たわるメイリンの髪をやさしい手つきで梳くアンリは、
左耳から血を流していた。

アスランは黙って散乱した医療器具を拾った。

「鎮静剤が切れるのが、早すぎるな・・・。」

ドクターの言葉にアスランの手が一瞬止まる。
ケイと接触する前、
キラは鎮静剤を打たれてものの5分も経たない内に覚醒したことを思い出したのだ。

「メイリンの容態は・・・。」

ドクターは眉間に皺を寄せて、アンリの止血に取り掛かる。
「ここに入ってからはずっと眠っていたんですがね・・・。」
アンリは真摯な面差しを向けながら、
自分の熱が掌を通じてメイリンの身体を巡るように手を握る。
ラベンダー色のルージュをひいたようなメイリンの唇は、
俄かにばら色がさしていく。
アンリの表情に一点の曇りも無いことに、
アスランは驚きと頼もしさを覚えた。

――アンリには、この強さがある。

アスランはアンリに向けてゆっくりと言葉を発した。
「メイリンがこうなった原因はこれから検証して、
必ず明らかにする。」
アスランの言葉に、アンリは真直ぐな瞳で答える。
それはアンリがアスランに対して抱く上司としての人間としての信頼と、
真実を見据え逃げ出さない信念の表れだった。
「この事故の責任の所在は、俺にある。
そんな俺が言う言葉では無いかもしれないが・・・、
メイリンのことを頼む。」
「はい。」
アンリは快活な笑顔を向け、力強く頷いた。

次に命を落とす可能性が最も高いのは、
メイリンだと想定して間違い無い。
クォンとダニエル同様にあのデータにさらされた点、
キラに勝るとも劣らない情報解析能力を加味すれば、
2人以上に精神を蝕まれた可能性が高い。
そして同じ事実を知った2人は、
自己の尊厳の保持の名のもとに命を絶った。
ならば、メイリンも同様の思考で同様の行為に及ぶ蓋然性がある。

『そのファイルは人を殺す。内側から壊す。』

クォンの言葉にアスランは首を振り、
抗った。 


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