大人の悪戯





重なる想いを抱きながら、
2人は手を繋ぐことも
手を伸ばすことすら許さずに、
想いを縛め続けてる。

同じ夢を叶える為に。

そんな2人に
奇跡の欠片を贈ろう。

大人の悪戯で。

 

 

 

アスランは胸に支えた息をゆっくりと解きながら、
シャンパングラスを傾けた。
ハチミツ色に煌く気泡に、無意識に今を重ねてしまう。
久しぶりに見たありのままの君と、
浮き立つ気持ちを抑えきれない自分と。

視線を隣に傾ければ、
かすかに頬を染めながらやさしくコサージュを撫でるカガリがいた。
過去と今は違っても、
過去と変わらぬ想いを勝手に抱き続けている自分が
過去を同じものを贈っていいものか、
アスランは随分と悩んだ。
迷惑ではないか、と。

しかし、過去と今の狭間で立ちすくむ自分の背中を押してくれたのは
キラとラクスと、ムゥとマリューだった。

 

ムゥからの強制的な誘いは、カガリの誕生日の2週間前だった。

『カガリのバースデーパーティーやるから、必ず来いよ。
5月17日の夜11時半からな。
え?時間が遅すぎるって?
誕生日はカウントダウンするもんだろ〜!
あ、それからプレゼント持参でな。
いいか、“食べ物以外”のプレゼントだぞ!』

今は恋人という関係では無いのだから、カガリの誕生日を祝うことすら出来ないだろうと、
覚悟を決めていた時だった。
2人で過ごすことなんて、きっとこの先何年も、
もしかしたら叶わないまま終わるかもしれない。
だけどせめて、おめでとうの言葉だけでも伝えることができたら、
素直に嬉しいと思う。
嘗て共に戦場を駆けた戦友としてでも、
同じ夢を実現する同志としてでも、何でも構わない。
ただ、伝えることができれば、それでいいと思った。

が、何を贈ったらいいのかと悩んだ時、
怖いほどにタイミング良く、キラとラクスから通信が入った。

『カガリの誕生日にアスランから渡してよ。
僕たちの育てた花で作ったブーケ、そっちに送るから。』

『お花を余分に送りますわ。
コサージュでしたら、カガリも気軽に受け取ってくださるのではないでしょうか。』

なんで俺の悩みも、そもそもカガリと会う機会があることすら知っているんだ?
そんな疑問も湧いたが敢えてスルーすることにした。
が、やはり天下無双の2人である、これで会話が終わるはず無かった。

『あ、それから何か“残るもの”もプレゼントしてね。』

『カガリがお喜びになるものを。』

ハードルを上げたまま無情にも通信を切られ、アスランは呆然とした。
が、立ち止まっていても時は過ぎていくから、
なんとか手を尽くしてパーティー当日を迎えた。

 

しかし、ムゥから告げられた時刻通りにフラガ家と訪れれば、
ソファーにちょこんと座ったカガリとアスラン以外に招かれた客は無く。

ハメられたのだと、確信した。

『どういうことですかっ。』

怒りを抑えきれずに問えば、ムゥはそんなアスランの肩を乱暴に引き寄せ、耳打ちした。

『2人で客間に泊まったらいい。
ベッドは狭いかもしれないけど、音が響かないタイプのスプリングだから安心しろよな。』

『なっ!』

アスランは頬を染めて息を呑み、ムゥはニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべていて、
頑張れよと言わんばかりに肩を叩いてきた。
そんなアスランとムゥのやり取りに、カガリはきょとんと瞳を丸くしたまま首をかしげた。

『なぁ、何だぁ?』

そんなカガリの無垢な問いに、ムゥは爆弾を落とした。

『俺とマリューからの、
誕生日プレゼント!!』

――何が誕生日プレゼントだ!!

 

と、その時は内心で総ツッコミを入れたアスランであったが。

「ふふ。いい香だな。」

今、隣では小さなティアラをのせたカガリが、ブーケに顔を寄せては無垢な笑みを零している。
純白のワンピースに胸元の淡い色彩の花々が清楚に映えて、
綺麗だと思う。
自分が贈ったものを、想う人が身につけてくれるということ、
そんな小さな独占欲から来る喜びを、
日付が変わるまでの時間だけ許そうと、アスランは思った。
あと、もう少しだけ。

 


「それから。」
そう言って、アスランは掌を広げた程度の大きさの箱を取り出し、
長い睫を瞬かせながら見詰めるカガリの前に差し出して
「暇な時にでも、楽しんでくれたらと思って。」
そっと箱を開いた。

すると、
白い機会鳥が勢い良く飛び出して、広いリビングで翼を広げて旋回した。
平和の象徴であるハトをモチーフにした機械鳥は、翼にピンクのラインが入っている。
ストライクルージュと同じ配色で。

「う・・・わぁ!」

カガリは両手でつくった小さな拳を震わせて天井を見上げている。
身を乗り出して、ソファーから落ちそうな勢いだ。

気に入ってくれただろうか、アスランは不安に揺れそうになる視線を戻して、
軽く手を挙げ、白い機会鳥を呼び寄せた。
アスランの手の上にのる白い機会鳥は、じっとカガリの目を見詰めては首をかしげている。
一方のカガリは緊張しているのだろうか、少し頬を上気させている。
そんなカガリのありのままの表情に、アスランは笑みを零した。

「さ、カガリ、
手を出して。」

アスランの声に誘われるように、カガリはゆっくりと手を差し出した。
すると、機会鳥はアスランの手からカガリの手へと、軽やかに飛び移った。
カガリは機会鳥と真直ぐに向き合うと、ふわりと微笑みを浮かべた。

「お前、かわいいな。
名前は?」

「ポポッ!ポポッ!」

カガリは大きく頷くと、空いた手で機会鳥のくちばしを撫でた。

「よろしくな、ポポ。」

するとポポは応えるように、カガリの腕を伝って肩へ移動し、
甘えるように頬に擦り寄った。
くすぐったかったのであろうか、カガリは肩で跳ねる髪を揺らしてくすくすと笑みを零した。
カガリがポポとじゃれあっている、そんな様子に安堵して
アスランはローテーブルのシャンパンに手を伸ばした。
時計へ目を向ければ、あと数分で午前零時を迎える。

「良かった、気に入ってもらえたようで。」

「ありがとう、アスラン。
すっごく気に入ったぞ。
みんなに紹介したいくらいだ。」

そう言って、カガリは肩の上のポポを両手で包むと、ふわりと解き放った。
白い翼を広げて飛び回る姿に、カガリは自ずと半身であるキラへと想いを馳せた。
今頃、どうしているだろうかと。
本当は、キラとラクスと一緒に、
EPUにいるミリィたちと一緒に、
もっと沢山、みんなで楽しい時を過ごせたらいいのにと思う。

――きっと、いつか・・・。

 

「アスランも、パーティーに来れたら良かったのにな。
残業なんてしないでさ。」

カガリはちょこんと首を傾けて、アスランを見上げた。
そうしたらポポのこともみんなに紹介できたのに、とカガリは唇を尖らせた。
アスランは、ムゥから嘘の開始時刻を聞かされていたとは言い出すことが出来ず、苦笑した。
しかしカガリは、そんな裏事情を知る由も無い。

「みんなさ、色んな料理を持ち寄って、分け合って。
まるで式典の前夜祭みたいだったんだぞ!」

特に、コル爺お手製ケバブが最高だったんだと熱弁するカガリに悟られないよう、
アスランは溜息を飲み込んだ。
これで理由が分かったのだ、何故ムゥがアスランに“プレゼントは食べ物以外”と指定したのか。
しかしこの時のアスランは気付かずにいた、ムゥの2つ目の意図に。
いやもっと、既に仕掛けられている大人の悪戯に。

そんなアスランを他所に、カガリはシャンパングラスを傾けて
部屋の照明にスパークリングを透かしながら続けた。

「どうしてご先祖様が、式典で貢物を民へ振舞ったのか、
その理由を、改めて実感したよ。」

煌く気泡を映したカガリの琥珀色の瞳に、突然重厚さが増して、
アスランは問い返した。

「理由・・・?」

カガリは花が綻ぶような笑顔を見せて、
ローテーブルに置かれたアスランのシャンパングラスに向かって
乾杯の仕草をした。

「ご先祖様はもらった気持ちを民へ還したかったんだ、きっと。」

アスランは、カガリの言葉に悠久の歴史を感じ取り、目を瞠った。
伝統を形式的に継承するのではなく、
自らのものとして体現し、想いと共に引き継いでいく。
カガリは人の手によって引き継がれてきた歴史あるこの国の姫なのだと、思い知る。

「そうか。」

そう応えて、
ふとアスランに小さな悪戯が浮かんだ。

カガリがシャンパングラスをローテーブルへ戻した時、
そのままアスランはカガリの手を取った。
突然の出来事に、カガリは驚いた瞳でアスランを見詰める。

「では、姫。」

畏まったアスランの口調に、カガリの胸が高鳴る。
触れ合った手に、熱が燈っていく。
カガリは無意識に空いた手をきゅっと握り締めて胸元に当て、
コサージュに触れた拍子に、優しい香に抱かれた。

「姫はわたくしめに、
何をくださるのでしょう。」

「あ・・・。」

カガリは息を呑んでたゆたう視線を瞼で伏せた。
パーティーに来てくれたみんなには、
みんなからの料理をみんなで分け合うことで気持ちを還すことができた。
でも今は。
カガリは視線を泳がせたが、見つかる筈が無い。

「私、アスランにあげられるモノ、何も持ってない・・・。」

カガリは吐息まじりの言葉と共に俯いた。
素直に胸を痛めるカガリに、アスランは胸の内で小さく“ごめん”と呟いた。

――だから俺にくれないか。
   一番最初に、おめでとうを言う権利。

一年でたった一日しかない、特別な日の、
時計の2つの針が重なる瞬間に、
君と一緒に居られる権利。
今、この時だけ。

それはアスランの願いにも似た、小さな悪戯で。
しかし、カガリがきゅっと瞳を閉じてあまりに一生懸命考え込んでいるから、
アスランは苦味を帯びた微笑を浮かべて、やんわりと取った手をほどいた。
そして、姫に告げようとしたその時――

カガリは解かれたアスランの手を取った。
離れていかないように、ぎゅっと。
アスランは息を呑み、触れ合った手から広がる熱に用意していた言葉は消えうせた。

「私、アスランにあげられるモノ、何も持ってない。」

さっきと同じ言葉、
でも、終わらない言葉。

「だから・・・。」

カガリは顔を上げて、アスランと視線を重ねた。
瞳の中に、自分だけが映っている。
その奇跡に触れたくて、
違う、この時を奇跡にしたくて、
近づく距離。

「だから、私のまごころを・・・
あげる。」

心の糸を紡ぐような声で告げられた言葉。
鼓動が胸を打って、止まらない想いが駆け出すように
アスランはカガリの指を絡め取り引き寄せる――

 

“カガリ、それじゃぁ愛の告白だよ〜。”

その瞬間、の一歩手前で、
何故かキラの声が響いた。
何故、何処からキラの声が聴こえてきたのかは分からない、
でも2人は手を繋いだまま、視線を重ねたまま、
アスランの身体は一気に冷え切って
一方カガリは一気に沸騰して、
そしてお互いの状況を一瞬で把握した。

「「うわぁぁぁぁぁ!!」」

2人同時に声を上げて距離を取り、

“もう、うるさいなぁ〜。”

もう一度聴こえたキラの声に、
アスランは憮然としながらジャケットのポケットを探り、携帯端末を睨み付けた。

「キラっ!!ハッキングで人のプライベート回線を勝手につなぐな!!」

端末のモードを音声から映像へと切り替えると、
案の定、朗らかな笑みを浮かべたキラとラクスがそこにいた。
キラがハッキングして、アスランの端末のプライベート回線を繋ぐことはたまにあるが、
今回ばかりは、背中に嫌な汗を感じずには居られない。
カガリとの会話が全て盗聴されていたとしたら・・・。
しかし、今は取り返せない過去よりもカガリを護ることが先だ。
視線を横へ向ければ、カガリは可愛そうな位紅くなった顔をブーケで隠している。
アスランは盛大な溜息をつくと、義理感のこもった声でキラに告げた。

「キラ、誕生日おめでとう。」

すると案の定、キラはぷりぷりと怒り出し
“親友なんだから、もっと大事にしてよね〜”とか小言を呟き、
隣でラクスが鈴の音のような笑い声を上げている。
そんなほのぼのとしたやり取りに心がほぐれたのであろう、
カガリがそっとアスランの隣から顔を出した。

「キラ、おめでとう。
ブーケ、ありがとうな。」

はにかんだ微笑を浮かべるカガリに、
キラとラクスは顔を合わせて頷き、ハイタッチをした。

“やった〜!”
“大成功、ですわ♪”

よく状況が飲み込めないカガリはきょとんと瞳を丸くして、
隣から見ていたアスランは、またしても嫌な予感に喉を鳴らした。

「え?なになに?
どうしたんだぁ?」

カガリが無垢な声で問えば、ラクスの爆弾発言が炸裂した。

“ブーケもコサージュも、とてもお似合いですわ。
まるで、花嫁のように。“

ラクスの言葉でアスランは確信する、全てはこいつらの仕業であると。
みるみる頬を染めていくカガリをよそに、キラとラクスの会話は続いていく。

“やっぱり、こっちのワンピースにしてよかったね。”

“はい、デコルテのラインがお美しいですし、
コサージュもほら、あんなに映えて。“

カガリは無意識にワンピースの裾をきゅっと握り締めた。

――もしかして、いや、もしかしなくても、
このワンピースはキラとラクスから贈られたもの・・・?

“キラが見つけてくださいましたティアラも、
ぴったりでしたわね。“

“うん、ピンクサファイヤがバラに合うかなって。”

――まてまて、これも?!
  いや・・・と言うか・・・もしかして

「パーティーとか全部?!!」

真っ赤な顔のままカガリが叫べば、キラとラクスはゆったりと頷いて
言葉を加えた。

“パーティーはムゥさんとマリューさん企画だけど、
そこにちょこっと悪戯を、ね。”

と言って、キラがアスランに向かってウィンクし、
アスランは米神に手を這わせては溜息をついた。
カガリはキラの合図から、アスランも共犯であると勘違いしたのであろう、
キッとアスランに鋭い視線を向けると、
仁王立ちでビシっと人差し指を立て、宣言した。

「見てろよ〜!
アスランの誕生日にも、い〜っぱい悪戯してやるんだからなぁ〜!!」

「え・・・あ、おいっ、誤解だっ!」

しかし、そんなアスランの言葉がカガリに届くはずもなく、
小さな花嫁は気合十分に拳を握り締めた。

“あらあら、キラ、カガリ。
もうすぐですわ。”

時計を見ればもう間もなく0時を指すところ。

5、4、3、2、1

Happy Birthday to You!

 

 

 


式典当日。
カガリが纏ったラベンダー色のドレスの胸元には、
淡いピンクのバラのコサージュが指してあったという。

その胸に何を想い、何を抱いていたかは、
カガリだけの秘密――。



大人の悪戯 Fin.


* * * * *
【あとがき】
カガリBirthday記念SSをお読みくださり、ありがとうございました。
実は、カガリの誕生日にあわせて何かSSをと考えておりましたが、
直前まで何も浮かばず・・・、かなり迷った作品です。

今回は、このセリフをアスランとカガリに言わせたくて書きました。

「姫はわたくしめに、
何をくださるのでしょう。」
「私のまごころを・・・あげる。」

まごころあげちゃうのかよ、姫!

そんな甘い空気を壊すのは、やっぱりキラ兄様とラクス様でして(笑。
キラとラクスの花嫁大作戦や、
ムゥとマリューのサプライズパーティーに、
4人共謀のアスラン・カガリ密会大作戦など、
数々の大人の悪戯はいかがでしたでしょうか?
筆者的にはムゥの『ベッドは狭いけど、音が響かないタイプのスプリングだから安心しろよな。』が、
一番びっくりしましたが(笑。
こうして見てみると、アスランの悪戯なんてほんと可愛いものですね。

そして、一番最後に式典の描写を入れました。
実はこれが、カガリの悪戯だったりします。


最後になりましたが、筆者の拙い文章をお読みくださり、
そして拍手を送ってくださり、心から感謝申し上げます。
今後とも、ゆっくりではございますが物語りを綴ってまいりますので、
お時間がある時などに訪れていただければ幸いです。

本当に、ありがとうございました。

xiaoxue


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