覚悟の響き おまけA【アスラン視点】 〜君は今、何を思ってる?〜
会議室の扉を蹴破るような音がして、カガリが来たのだと分かった。それでも、向けられた幕僚長の眼光があまりに鋭く、
俺自身の矜持が、視線を逸らすことを許さなかった。
一歩も引く気は無かった、
カガリを護ると誓ったから。
そのために、俺はあらゆる手段を排除しない。幕僚長に提示された条件。
“ 死ぬ気で護れ。 ”
以前の俺なら、頷くことができただろう。
カガリを護るためなら、迷わず命を差し出したと思う。
でも、カガリが生きる意味を教えてくれたから、
それは今も俺の中で燈し火のように照らしてくれるから、
だから俺は、自分を曲げることは出来なかった。『その条件は、のめません。』
曲げればそこで、全てがまるくおさまると分かっていても。
カガリが教えてくれた真実を、否定することは、俺には出来ない。
生きていく事の方が戦いだ、と。『生きて、護り抜きます。』
結果として、幕僚長の器の大きさに救われた。
『全く、ザラ准将は可愛げが無いっ。』
そう言って、豪快に笑ってくださったお陰で、反対派、賛成派の双方にしこりを残さずに
終えることができた。
『御手柔らかに、お願いします。』
そう返して、俺はさりげなさを装ってカガリへ視線を向けた。
この場はまるく収まったが、終焉と結果をカガリがどう捉えたかは分からない。
だからせめて知りたかった、カガリの表情を。
君は今、何を思ってる?
視線の先で、行き交う影の間から、微かに俯いたカガリが見えた。
どうしたのだろう・・・。
その顔が見たい、出来るなら今すぐ君の元へ駆けて。
しかしそんな事が叶う筈もなく、
カガリの表情は、肩で跳ねた髪に隠されて窺い知ることは出来ない。
やはり、生きて護り抜くなど、傲慢な言葉だっただろうか。
たとえそれが、俺の真実であっても。
不安が視線を惑わせて、何事も無かった事として逸らそうとした時、
カガリが頬に掛かった髪を耳にかけた。
ただそれだけの仕草で色気を振りまくから、平静を装うこちらの心臓が持たない。
が、それ以上に心を揺さぶったのは、
カガリの表情だった。頬を染め、瞳をほの赤く潤ませて・・・
左手を右手で包み込んで、ぎゅっと胸に押し当てて・・・――え・・・
鼓動が胸を強く打って、そのまま息が止まったと思った。
開放感に満ちた会議室の音が一瞬で消え去って、色彩さえも抜け落ちて、
ただ、カガリだけがあまりに鮮やかに見えるから、
眩い光にそうするように、俺は瞳を細めた。と、隣席の少将から肩を叩かれ振り向くと、
穏やかな笑みを貼り付けて頭を下げた。
が、瞳に一瞬で焼きついた、あのカガリの姿が離れない。
何処か儚げで、
思わず抱きしめたくなるような・・・。
もう一度確かめたくて視線を流せば、
そこにはもう俺の見た“カガリ”の姿は無くて、
威厳に満ちた身のこなしで、頭を下げる代表首長がいた。
凛々しく、美しい、姿――
あれは、都合の良い幻だったのだろうか・・・。
そんなことをぼんやりと思っていると、豪快に肩を抱かれた衝撃で我に返った。
「よぅ、ザラ准将。」
衝撃の主は幕僚長で、やはり豪快に笑っている。
「今夜は付き合えよ〜、とことん飲むぞっ!!」
「はいっ。」
やはりこの方の器は大きいと、改めて実感させられた。
こうして反対派の筆頭である幕僚長と、
最終的に賛成派のような立ち居地となった俺が打ち解けることは、
即ち両陣営の和解を意味するからだ。これを契機に、俺は幕僚長に豪快に可愛がられる日々を送ることになるのだが・・・
それはもっと先の話。
髪から滴る水滴がシャツに染込み、
俺は無造作に髪をタオルドライしながら
一気にミネラルウォーターを煽った。――幕僚長・・・、つわものだ・・・。
自宅に戻れた頃には深夜を回っていた。
父上はこよなくワインを愛する人で、母上は生粋の酒豪だったらしく、
その遺伝子を引く俺も酒に弱い訳ではない。
しかし、あの幕僚長の酒豪っぷりには完敗だった。――二日酔いで業務に支障が出そうだな。
そこまで思考したが、逆にその方がいいのかもしれないと思い返した。
会議では、俺が幕僚長を論破した形になったが、
酒では幕僚長に完敗であったと、その方が笑いの種になり、場が和むであろうと。――こうして、もっと沢山の人たちと関係性を築いていけたら・・・
そんな希望を胸に自ずと顔が緩んで・・・、
しかし一気に引き締まった。「アスラン、起きてる〜?」
端末から聴こえてくるキラの声に、俺は空のボトルを握りつぶした。
ハッキングで、人のプライベート回線を勝手に繋ぐなっ!!
俺は冷蔵庫から新たにミネラルウォーターを取り出すと、溜息交じりに親友の名を呼んだ。「あ、いたいた〜♪
ラクス〜、アスランやっぱりお酒飲まされてたよ〜。」そんなキラの言葉に、俺は違和感を覚える。
なぜ、“やっぱり”なのか。
まさか・・・。
俺は酔いが回った頭をフル回転させながらデスクについた。「キラ・・・、やっぱりってどういう・・・。」
「さっきまでね、カガリと話してたんだよ〜。」
あっけらかんと笑う親友に、俺は息が止まった。
何・・・、カガリと・・・。
跳ねた心臓がくすぐったくて、ふわふわとした感情が胸を満たす。
カガリは、何と言っていたんだろう・・・。
今日のこと・・・。
あの、表情は・・・、俺の見間違いだったのか・・・。
知りえぬまま終わろうとしていた言葉が次々に溢れ出して制御できない。「カガリが何て言ってたか、知りたいでしょ〜。」
そう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべたキラに、俺はもう一つの違和感を抱く。
なんだか目元が朱に染まっているような・・・。
その答えは、隣から優雅な手付きでグラスを差し出したラクスによって判明する。「キラ、カルアミルクのおかわりですわ。」
こいつら、飲んでるな・・・。
酒に関してラクスはザルであるが、キラは手に負えないほど悪酔いするタイプだ。
よくよく画面を注視すれば、後ろのローテーブルに並ぶ3本のワインは全て空になっている。
話が余計にややこしくなりそうな予感がして、俺はシャワーを浴びたばかりだというのに
背中に嫌な汗を感じた。
時間が晩いことを理由に、一度端末を切ろうか・・・
だが、今日のことをカガリが何と言っていたのか、知りたいというのも本音で・・・
そんな迷いを先読みしたように、キラは朗らかな笑みを浮かべてアスランに告げた。「カガリね、顔あかくしちゃってね、
目なんか潤んじゃってさぁ、
もう可愛かったんだから。」ねーっと声をハモらせて微笑みあう画面向こうの2人をよそに、
俺は俄かに頬がほてるのを感じた。
やっぱり、あの時見たカガリの表情は、俺の見間違いなんかじゃなかった・・・
と、結論付けてもいいのだろうか・・・。
急速に喉が渇いて、俺はボトルのキャップを外して喉を潤わせる。
清涼な一筋が体内を貫いて、それでも熱をもてあそぶように熱い息を吐き出した。
どうして・・・、カガリはあんな表情を・・・。
知りたい・・・、
知りたい・・・。「カガリに・・・、何かあったのか・・・?」
そう問うた声は、動揺を映したように酷く掠れていた。
「カガリがね、今日は大変だったって、言ってたよ。」
あぁ・・・。
あの会議に対して、やはり良い印象は抱かないよな。
音も無く沈みかけた意識は、続くキラの言葉で一気に跳ね上がる。「それからね、
アスランが格好良かったって〜。」・・・。
え・・・。
・・・。
今、何て言った?
「だーかーらー。
アスランが格好良かったって。
もー、カガリったら耳まであかくなっちゃってさ〜。」多分、
顔が赤いのは、
俺の方だ・・・。
鼓動は痛い程胸を強く打つのに、
その音色は何処かくすぐったくて、
散々幕僚長に飲まされた体は泥のように重いはずなのに、
理由無い浮遊感を覚えて
ボトルを持つ指先がチリチリとこそばゆい。会議室の行き交う人の影から垣間見たカガリの表情は
きっと、見間違いなんかじゃなかった。君はあの時、何を思っていた――?
そして君は今、何を思ってる――?
「その時、カガリはこう思ったそうです。」
まるで俺の思考を読んだかのように続けられた言葉は
キラとラクスの声がぴたりと重なっていた。
「「アスランみたく、格好良くなりたいぞっ!」」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
そしてキラの爆笑が、俺の部屋中に響いて、
俺は固まったまま動けず、
その後、延々とキラとラクスにからかわれ続けたのは、言うまでも無い。
アスラン視点fin.
* * * * *
【あとがき】
アスランにはちょっとかわいそうですが・・・
カガリなら大真面目に「格好良くなりたいぞっ!!」と言いそうで(笑。そんなちょこっとズレたカガリと、振り回されるアスランと、
キラとラクスにいじられるアスランと。格好良いばっかりじゃない、こんなアスランもいいかなと思います。
駄文にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
←Back
Top