2-2 ストライクとの再会




アスランとコル爺が出会ったのは、
終戦の混乱が収まり、
オーブの復興と新体制への移行が軌道に乗り始めた頃だった。

「あんたが、アスランか?」
しわがれた声にアスランは振り向いた。
「はい。」
そこには小柄で小さなお髭をたくわえた老人が仁王立ちしていた。
背中に大きなリュックを背負い込んで、
相当年季が入ったと思われる私物のつなぎを着用していた。
「はじめまして。」
アスランは右手を差し出した。
「わしゃ、コルテーユ・ガーディナーじゃ。」
そう言って2人は握手を交わした。
と、アスランは驚いた。
かさかさの皮膚は厚く、
体に不釣合いな程大きな拳は古傷だらけで、
何より熱い。
触れてすぐに感じる、それは職人の手だった。
アスランは敬意と親しみのこもった笑顔を見せた。

「わしゃな、お前さんみたいな優男は嫌いじゃ。」
声がでかい。
もの言いもきつい、
が、
「じゃがな、お前さんとは馬が合いそうじゃ。
よろしくな。」
端々にユーモアを感じさせる。
「はい、ガーディナーさん。」
アスランは直感的な好感を持った。
「コル爺と呼べっ。みんなそう呼んでおる。」
コル爺はアスランの腰を叩くと、ついて来いと言わんばかりに歩き出した。
「はい、コル爺。」

背筋をしゃんと伸ばし、さっさと歩みを進める姿は紳士そのものだった。
促されるまま座った席は埃まみれだった。
基地内部にこの部屋があることすら、アスランは知らなかった。

――不思議な方だ。

持ち前のおっとりとした性格からか、アスランはめったなことでは取り乱さない。
そして誰に対しても誠実に接する。
コル爺がリュックを下ろすと埃が舞った。
ちょこんと座ったコル爺は煙草を燻らせアスランに目を向けた。
「おまえさんと仕事がしたいと思っての。」 ア
スランはその意を汲み取ることができなかった。
「どういった任務ですか?」
コル爺はケタケタと笑い出した。
笑い声もでかい。
「クソ真面目じゃのぉ。
お前さん、
それでもイージスのパイロットかい?」
コル爺の見せるニっとした笑いの意味が、瞬時に理解された。
「コル爺がイージスの製造をっ?」
「ストライク、デュエル、バスター、ブリッツ、みんなそうじゃ。
設計から製造までな。」
アスランは思わず差し出したくなった手を押さえ、目を伏せた。
そんな資格無いのかもしれない。
「コル爺の機体を奪取したのは、俺です。」
アスランの正直な言葉に真直ぐな返答が返ってくる。
「知っておる。任務じゃったんだろ?
仕方あるまい。
わしだって、あんな使われ方するなんぞ聞いとらんかった。
ウズミの奴もな。」
ふーっと煙草の煙を噴出すと、コル爺は遠くを見るような目をした。

「イージスは、遊びで造ったんじゃ。」
その意外な言葉にアスランは声を大きくした。
「そんな筈はありません。
確かに操縦し難いように見えますが、
あれ程の性能と使い勝手の良さは、他の機体よりはるかに優れていました。」
むきになったアスランにコル爺は目を細めた。
「うむ。そうじゃの。わしもそう思う。
他の機体はデュエルを基礎として特性を付加させて造った。
バスターは遠距離型戦闘機、
ストライクは戦闘そのものに特化させた。」
アスランは頷いた。
「じゃが、イージスだけは違った。
基礎をぶっ壊してわしが好きなように造った。」
コル爺は灰皿に煙草を押し付けた。
「あんな癖のある機体はだーれも使えないだろうってさ。
わしの道楽だって言われたさ。
ところがどうだい、お前さんが現れた。」
アスランへ真直ぐ目を向けた。

「あんまり声を大きくして言えんがの、
お前さんの戦い方を見て機械屋として嬉しかった。
基本に忠実でありながら機知に富んだ戦闘スタイル。
機体と対話して性能を十二分に生かしきって、
誰より機械を大切に扱っておった。
血が騒いだわい、久しぶりにの。」

「しかし俺は、イージスを破壊しました。」
アスランは申し訳ない思いを表した。

――素直でいい奴だ。

コル爺は左右に頭を振った。
「途中でエネルギー切れを起こして、噛み付いて自爆。
イージスの性能を理解しつくしていたからこそできた作戦じゃ。
わしだって、あぁしただろうよ。」
と、コル爺は右手を差し出した。
「イージスに乗ってやってくれて、ありがとう。」
あまりに澄んだ瞳に、アスランの鼓動が大きく打った。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
アスランはコル爺の大きな手を両手で硬く包んだ。
コル爺はまるで父親のような顔をして、大きな瞳を潤ませていた。



「しめっぽくなったのぉ。」
と、ポケットからハンカチを取り出し、
埃まみれのテーブルを丹念に拭いた。
「お前さんとは同じ匂いを感じていたんじゃ、
あの時からずっとな。
それに・・・。」
コル爺は言葉を詰まらせた。
机の片隅の汚れを何度も拭いては落とそうと、手に力が入る。
「あの時MSがザフトに奪われ、
勝敗を分ける決定的な戦力となり、
各国で開発が進み、
戦火も破壊の規模も犠牲者の数も拡大する一方じゃった。
機械屋とは哀れなものよ。
造るだけ造って、後は委ねるしかない。
それがどんな使われ方をし、
何人殺して、
いくつ街や施設を焼き払うか、
考えない。
考えても無駄じゃからな。
じゃからわしはウズミに頼まれた暁を最後に、
やめちまった。
じゃが。」
コル爺はアスランを真直ぐに見つめた。
「お前さんになら、委ねてみたいと思っての。」
リュックから図面ケースを取り出すと、何枚もの図面やスケッチを広げた。
「わしと一緒に、MSを造らんか。」
事細かに記された手書きの設計図に、走り書きの計算式。
アスランが見上げた先にはギラギラと目を輝かせたコル爺の笑顔があった。
アスランは武者震いにも似た手の震えを抑え、
大きく頷いた。

「よろしくお願いします。」
「よろしくな、アスラン。」



こうして着工されたのが紅だった。
以来、アスランはコル爺を師匠として人間として尊敬し、慕っていた。
復刻されたストライクを前に、コル爺は懐かしそうな目をしたが、
笑顔は浮かべていなかった。
機械屋として、これを世に生み出した責任を今も問い続けているのだ。
それは、パイロットも同じだった。
機体を授かり、
戦い、
破壊し、
命を奪った。
それが何を成したのか。
それが勝利でも敗北でも、
そこには意味がある。
その意味付けは、
結局個人に委ねられる。
だから、問い続けなければならない。

肌の傷が癒え、
街が復興してもなお。
記憶が風化する前に。
胸の痛みに慣れる前に。

「きっと、キラはストライクに出会えて良かったのだと、思います。
俺が、イージスに出会えて良かったと思うように。」
「そうか。」
コル爺はそのままの表情で答えた。




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