あらゆる筋肉と神経が弛緩しきったキラを、
コックピットの操縦席の後方スペースへ据えることは不可能であった。
アスランはキラを抱えるように操縦席に着き、
ストライクを起動させた。
画面にストライク・タキストスの文字が表示されるとすぐに
アスランは熱源の所在を確認した。
調査隊の艦はあと数分でコロニー脱出可能な位置まで前進していた。
問題はもう一つの熱源。
キラの言う通り、もし本当にケイであるならばその
熱源はフリーダムに酷似した黒のMSである可能性が高い。
改良が加えられたストライクは、
キラの兆速反応を最大限発揮することで 抑えられたパワーを十分補うことが可能な造りとなっていた。
――その名の通りだな。だが・・・。
おそらく、フリーダムに酷似した黒のMSのパワーとピアニッシモレベルの装備、
ケイの早熟すぎる戦闘センスを加味すれば、
戦術無しには競り負ける蓋然性は高い。
――むしろ・・・。
アスランの腕の中で宇宙に視線を泳がせるキラの瞳は濁ったように滲み、
力なく開いた口元からは言葉にならない声が消え入るように溶けた。
アスランは不自然な程乾ききった血まみれの掌でレバーを引き、
――今は、キラを・・・。
調査隊の艦へ合流すべく速力を最大にした。
逃げ切ること、それが最善の策であった。
ストライクの装備、
一触即発で錯乱状態に陥るキラの精神状態、
調査隊の人的・精神的状況と艦の装備を考慮すれば
戦闘へ持ち込めばさらなる犠牲者が発生する可能性は否めない。
そもそも調査隊の目的はその名の通り調査であり、
仮に討つならばこれまでの調査結果を反映させ体制を整えることが定石である。
故に今すべき行動は機体の性能を十二分に活用してメンデルを離れることである、
とアスランは結論付けた。
だが時として、
予測や結論は現実によって覆され、
杞憂が現実として眼前に迫る。
モニターに不明の熱源のライブラリー照合結果が表示される。
「MSか。エレウテリアー・・・。」
その名称、そこからの連想に、
アスランは不思議なほど冷静に対処した。
アスランが連想したもの、
それは、
ケイ、
フリーダム、
独立自治区ソフィア、
そしてプラント――。
『プラントを砕く、粉々に。』
クォンの言葉は、
くもの糸のように目に見えず知らぬ間に張り巡らされ逃れられない、
既に仕掛けられた複線と
その先に用意された未来を示していたのかもしれない。
一つ一つ、
真珠を糸に通すように、
アスランの思考は整然と積み重なっていった。
エレウテリアーの位置はストライクにさらに接近する。
――接触を免れないか。
アスランはパイロットがケイであれば、
話し合いで最悪の事態を回避できる希望的観測を抱いていた。
アスランの推測は大方的を得ていた。
しかし、アスランの思考に欠落していたもの、それは・・・。
キラは突然、何かが破裂するような覚醒を覚えた。
キラはアスランの体を押しのけグリップを握ると、
脱出経路とは逆方向にストライクを方向転換させた。
まるでエレウテリアーへ突進するように。
「キラっ!何をっ。」
キラの肩に触れたアスランの手を、キラは荒々しく振り払った。
その本能的で攻撃的な自己防衛に歪む表情に、
アスランは言葉を失った。
「邪魔をするな。 邪魔するなら、撃つ。」
キラはアスランに銃口を向けた。