1-20 胎動の予感




「始めよう。」
俄かに緊張が高まった基地の一室に集まった顔を見て、
アスランが口火を切った。


正面のスクリーンに2機のMSが映し出された瞬間、
空気は凍りついた。
アスランのたんたんとした語り口調は
秒針のように正確に淀みなく、冷たく響く。
「先に簡単な報告をした通り、
この2機のMSがオーブ領海へ侵入しようとした。
所属、機種は不明。」
そこにカガリが口を挟む。
「不明って。だって、これはっ!」
誰の目にも明らかだった。
「フリーダム。」
感情を排除したアスランの声が、
それを事実に変えていく。
「酷似している。
フリーダムはキラの反応速度に対応できるよう、
通常のMSより構造が複雑でパーツごとに遊びを持たせている特徴がある。
とても繊細な造りだ。
俺が見た範囲での判断だが、フリーダムと同じ構造をしていると言えると思う。」
 「なんか、違和感あるな、この2機。」
ムウは考え込むような姿勢でつぶやく。
ディアッカが黒の機体の装備に疑問を覚えたが、
あえて口にしなかった。
「不可解な点が多いのは事実だ。
それをこれから一つ一つ確認したい。」
アスランはスクリーンに2機の軌跡が映し出した。


「この黒のMSは進路・速度を不規則に変更しながらオーブ領海線へと接近した。
この軌跡以上に不可解なのがMSに乗っていたパイロットだ。
おそらく、10歳に満たない子どもの。」
ムウの顔が歪む。
スクリーンには、アスランと会話したケイの映像が流れた。
「そんな・・・。こんな小さな子どもが・・・。」
カガリの悲痛な声が漏れる。
アスランは報告を続ける。
「パイロットの名前はケイ。
オーブ領海へ侵入しようとした目的、
彼が何者なのかは、直接確認してほしい。」
するとアスランとケイの会話が映像と共に流れ出した。


しばらくすると、ムウとディアッカから押し殺したような笑いが漏れた。
「ごめん、ちょっと、止めろっ。」
ムウは大きく手を振ると、わっと笑い出した。
「何やってるんだよ、お前。
モニターの付け方から、領海の説明まで。
クソ真面目にっ。」
ディアッカの笑いも止まらない。
アスランとケイのやり取りは、
室内の緊張の高まりによりさらに滑稽に聞こえたのだった。
「貴様っ!!
平和ボケもいい加減にしろっ!!」
腕を組んだまま押し黙っていたイザークの苛立ちは頂点に達した。
その雰囲気を嗜めたのは、カガリの一言だった。

「准将、
お前キラって、何で言ったんだ?」

音声の中でアスランの調子が転調するのは、
その一言だったことをカガリは見逃さなかった。
アスランは少し困ったような顔をして、続けた。
「この声は、キラの声に似ているんだ。
小さい頃の。」

アスランの痛みをカガリはそのまま感じ取った。
ずっと見てきたからこそ、
共鳴してしまう心。

「だからってねぇ。」
ムウは涙目を押さえた。
アスランは映像を縮小し、今度は波長を示すグラフを映した。
「これは、ケイとキラの音声を比較したものだ。
キラの音声は今日のレセプションで流れた映像の中で、
ケイの年齢に近いものを使用した。
照応率は、96.875%。」
「まじかよっ。」
ディアッカの驚きの声に、驚嘆の溜息が混じる。
「この数字から分かるように、
通常このデータが出た場合、同一人物として認識される。
参考までに、ラクスとミーア・キャンベルの音声の照応率は88.989%。
これでも常人が聞き分けることは難しい。
比較するとケイとキラの照応率の異常なまでの合致が確認できる。」
さらに続けてアスランは映像と音声を再生した。



『ケイ、君は何処から来たんだ?』
『僕はずっとメンデルにいたの。でも、キラに会いに来たんだ。』
『どうしてキラに会いたいんだ?キラとは友達なのか?』
『キラに会いに来たんだ。
だって、僕はキラのこと知ってるのに、キラは僕のこと知らないから。
だから見てほしいんだ、僕のこと。
僕を。だってキラは・・・。
僕・・・だからっ。』
『わかった。だからキラに会いたかったんだな。』
『うん・・・。』
『誰かに言われて来たのか?』
『違うよ。僕がキラに会いたくなったから、これに乗って来たんだよ。』
『君は何処へ帰るんだ?』
『僕はね・・・。』


ここでアスランは映像を切った。
みなの顔に、多くの疑問が浮かんでいたからだ。
「おかしいだろ、これ。
なんでメンデルにっ。」
ムウの脳裏に仮面の男がよぎる。
「メンデルは稼動停止して廃棄コロニーになったはずだ。」
ディアッカがザフトとしての言葉をはさむ。
「公式見解ではな。」
と、イザークが釘を刺した。
震える唇を手で押さえるカガリの姿を見て、
アスランの中である意志が強まっていく。
「キラに会うためだけに、このMSに乗ってきたっていうのか?」
ムウはもう一つの疑問を提示した。
アスランは目を伏せながら正直な気持ちを話した。
「あくまで俺個人の見解だが、
ケイは嘘を言っていないと思う。
言葉が足りないだけで。
ただし、キラへの執着が強いことは確かだ。
何が、何故、ケイを駆り立てたのか。」
アスランは主観的になる思考を中断した。
「執着ねぇ。
ってことは、また来る可能性があるってコト?」
ディアッカは眉をひそめる。
「何時、どんな手段によるかは分からないが、
いずれなんらかの接触がある可能性は否定できない。
むしろ・・・。」
アスランの言葉にイザークが重ねる。
「そう思った方がいいだろう。」


何かが動き出している、
その予感はここに居る誰もが感じていた。

それがいずれ大きな波となり、
世界を包むことになる――。




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