8-3 僕たちが生まれてきた時の話をしよう



カガリの部屋に着くなり、
キラはカガリのデスクチェアーの代わりに
部屋の隅に用意されていた2人掛けのピアノのイスを置いた。
さらに、机上のノートパソコンを起動しマリンスノーを接続させ
超絶な速さでパスを解除していく。
そんな様子を、きょとんとした表情で見詰めていたカガリに
腕を取っていたラクスは鈴の音のような声で言った。
「直ぐに、お分かりになりますわ。」
「ラクスは知っているのか。」
カガリの真直ぐな眼差しから、
ラクスはカガリが何かを感じていることを悟り
たおやかな微笑みを返した。
「はい。
わたくしも、
キラも、
そしてアスランも。」

カガリは目に見えぬ何かの存在に手を伸ばすように瞳を閉じた。
心の底に浮かんだ言葉は、一つだった。
「ありがとう。」
カガリの言葉にラクスは驚き、
瞬きをひとつした。
その時、
「ラクス、カガリ、準備できたよ。」
キラはカガリを呼ぶように手を伸ばし
カガリは導かれるままに手を重ね
互いを結ぶように手を繋いだ。
カガリの手を摑まえて、
たおやかな微笑みを浮かべたキラが
ずっと一緒だと言っているように思えて
カガリは胸が熱くなっていくのを感じた。

その時、不意にラクスに呼び止められた。
「どうしたんだ、ラクス。」
無邪気な微笑みを返したカガリを
ラクスは駆け出して、強く抱きしめた。
華奢な腕が軋みそうな程の力と
肩に感じる重みと
肌を滑っていく髪の滑らかな冷たさと
ラクスのあたたかさに、
カガリは静かに瞳を閉じた。

ラクスが何かを伝えようとしてくれているのが、
嬉しかった。

「わたくしは、カガリと今ここにいられることを
幸せに思います。」
カガリの肩に顔を埋めたラクスのくぐもった声が
思いと共に体に染み入るようで、
カガリはラクスを優しく抱きしめ
陽の光のような微笑を浮かべた。
「私もだ。
ラクスが、大好きだ。」
ラクスは滲む瞳を堪えて頷くように微笑んだ。



ラクスはカガリの部屋を出ると、
扉の向こうへ祈りを捧げるように両手を重ね抱きしめた。
もう一度、
カガリの陽の光のような笑顔を
見ることが出来ますようにと。




「カガリ、座って。」
繋いだ手を軽く揺すって、キラはカガリを促した。
「あ、うん。」
2人で手を繋いで並んで座る、
そんな姿勢にくすぐったさを覚えて
カガリはくすくすと笑みを零した。
きっと、これから何かを知ることになるのだろう。
それは、とても大きくて重たいものなのだろう。
そして、知ってしまえば戻れないのであろう。
それでもこんなに優しい気持ちでいられるのは、

――みんな、傍にいてくれる。

無条件の安堵が胸にあったからだった。

「カガリ、言ってたよね。
僕たちは、一つの命を分け合って生まれてきたって。」

「うん。」

「今はね、僕はそれが、凄く嬉しいんだ。
カガリと一緒にこの世界に生まれてきて
良かったって思うんだ。」

「うん。」

「それが、僕の真実だ。」

そう言ったキラの澄んだ瞳に迷いは無く、
一筋の光のような覚悟を宿していた。
だからだろう、真直ぐに心に響く。

「だからね、忘れないで。」
繋いだ手がぎゅっと握り締められた。

「僕は、カガリと出会えて本当に良かったって、思うよ。」

同じ言葉が、胸に響く。
同じ思いが、胸に燈る。
キラの、
ラクスの、
アスランの。

――私は、ひとりじゃ無い・・・。

「カガリ、
僕たちが生まれてきた時の話をしよう。」


最後のパスワードが解除された。

自由への軌跡に降り立った
奇蹟の双子は
真実へと続く扉を開いた。

 


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