8-26 Password



「う〜〜〜〜!!!」

カガリは眉間に皺を寄せて腕を組んだまま唸った。

「降参?」

キラが朗らかな声で問えば、

「ちょっと休憩だぁ〜っ。」

カガリは狭いコックピットの中で、両腕をしなかやに伸ばした。
諦めたくないカガリらしい言葉に、キラは笑みを零した。
その仕草にカガリはほっぺたを膨らましてキラの袖を引っ張った。

「今度はキラの番だぞっ。」

そう言って、選手交代となりコックピットにキラが着く。
繰り返される同じ光景をアスランは飽きもせず、見守っていた。






『じゃ、始めるよ。』

キラの声を皮切りに、システムの解析が開始された。
正面に映し出された"password"という、いかにもな表示をとりあえず脇に置き、
キラは直接システム内部に侵入しようとあらゆる経路を試みた。
時折アスランがハードに手を加え、経路を広げ、ショートカットし、
しかしまるで壁に阻まれるように道は閉ざされ、
結局"password"の文字へ行き着いてしまった。

『こうなれば、片っ端から試してやるっ。』

そう言ったのはやはりと言うべきか、カガリで、
カガリは思いつく限りのキーワードを打ち込んでいった。
しかし、そのどれもが悉く"error"のメッセージと共にはじかれていった。




「ねぇ、アスランも何かパス入れた?」

どことなく含意のあるキラの問いに、アスランはやんわりと婉曲させて答えた。

「ウズミ様がカガリに遺したのだから、ウズミ様とカガリに共通する何かなんじゃないか。」

アスランの言葉にカガリはぐーっと瞼を閉じて首を傾げた。

「いろいろ試したんだが・・・。
お父様は真直ぐな人だから、あんまり捻った言葉じゃ無い気がするし・・・。」

首がこれ以上傾かなくなると、カガリはふるふると頭を揺すって眉尻を下げて笑った。

「本当は・・・さ、言葉に出来ないんだよ。
お父様との思い出。」

何処か寂しげに瞼を伏せたカガリの頬に睫の影が落ちて、
アスランは自らの言葉を取り下げたい想いに駆られた。
カガリを哀しませたい訳じゃなかったのに、と。
そんな2人の様子を横目で見ていたキラは、閃きに打たれたように息が止まった。

――そうか、言葉じゃ無いんだとしたら・・・

「カガリっ、こっち来てっ!」

キラは声と同時にカガリの腕をぐいっと掴み
「おわぁぁっ。」
そのまま狭いコックピットにカガリを引き込んだ。
キラは僅かにシートから身体をずらしてカガリを横に並ぶように座らせた。
その拍子にキラの肘に胸が触れ、腰の当たりにも柔らかな感触を感じ、
キラはちらりとカガリのラインを視線で辿った。

「カガリって、意外とグラマーだよね。」
「悪かったなっ!見た目よりもおっきくてっ!!」

カガリは耳まで真っ赤にして頬を膨らませ、
サイズはラクスを一緒だぞ、とぶつぶつと呟いた。
コックピットの外から会話を聴いていたアスランは
一瞬でキラに殺意を覚え、傍にあったニッパーを握り締めた。

――"意外と"は余計だし、
   何も"悪く"ないっ!!

溜息を吐き出したその時、PCに映し出された電流の流れに微かな違和感を抱いた。
アスランでなければ見落とす程、それは微々たる差異だった。

「キラ、認証システムに異常が出てないか。」

アスランの声に、キラは薄く頷いた。
"やっぱり"と、キラの声が聴こえた気がしてカガリはキラに問うた。

「どういうことだ?」
「こういうこと。
カガリ、真直ぐ前を向いててね。」
「え?」

カガリはきょとんとした表情のまま前を向くと、細い光のバーがキラとカガリの頭上からゆっくりと下がっていった。
それは瞳で識別する認証システムだった。

「ね。」

そう言って笑ったキラの視線の先で、画面上に"CLEAR"の文字が表示されていた。

「すごいぞっ、キラっ!」
と、カガリはキラに抱きついたが、画面上は元に戻るように再度"password"の文字と
入力した文字が表記されるようBOXがまたもや表示されていた。
しかし、しかし一つ目のパスは瞳の認証であったことから、 2つ目のパスも同様に文字入力に限定されない。

「2つ目かぁ・・・。」

"password"の文字を射抜くように見つめて思考するカガリとは正反対に、キラはあっさりと思考を打ち切りアスランへ声をかけた。

「ねぇ、アスラン。
今度は別の場所に異常がない?」

返事の代わりに超絶なスピードのタイプ音が返ってきて、
数秒後にアスランがゆったりと告げた。
それは、アスランが仮説を語るときの口調だった。

「おそらく、今度はキーボードでパスワードを入力する必要があると思う。」

アスランは丁度カガリの横からPCをキラに渡し、さらに仮説を続けた。

「瞳の認証後に、セキュリティがONになって、キーボードに指紋と静脈の認証システムが起動した。
だから・・・。」

キラはアスランから受け取ったPCをいじりながら、ふーっと溜息をついて眉尻を下げた。

「言葉じゃ無いと、思ったんだけどなぁ・・・。
カガリ、何かキーワード浮かばない?」

眉をハの字にしたキラに

「って言ってもなぁ。」

同じ表情を浮かべたカガリは、キラと同時に首をかしげた。
そんな双子の仕草に、アスランは不謹慎だとわかりつつ噴出した。

「「アスランっ!!」」

キラとカガリは鋭い眼光をアスランに向けると、同時に腕を組んで頬を膨らませた。
その光景も、十分アスランのツボであったが、ここで笑いを止めなければ2人の怒りにさらに油を注ぐことになると、ぐっとアスランは飲み込んだ。

「じゃぁ、アスランは何だと思うのさっ。」

何処かトゲのあるキラの言葉に、アスランは顎に手を充て視線を滑らせた。
一瞬にして静けさを纏って、アスランは思考に入り、
糸を紡ぐように仮説を引き出していった。

「いくつパスがあるか分からないが、
おそらく全て、キラとカガリが揃わなければ開かない可能性がある。」

瞳の認証がそうであったように。

「そう仮定すると、パスワードもキラとカガリに関係することと考えられる。
だが、キラとウズミ様の関係性はカガリのそれに比して大分薄いから・・・。」

そう、だからキラはいくら思考しても思い当たるキーワードが限定されてしまうのだ。

「だから、俺は名前くらいしか思いつかない。」

アスランの言葉に
「あっ。」
カガリは声をあげた。

「お父様が最後にくれた写真・・・
裏に書いてあった、
"kira" "cagalli"って。」

過去を思い描くような優しい目をしてキラは頷いた。

「僕たちを、結びつけてくださったね。」

そして自然と2人の手は動いた。
それぞれの名前を打ち込んで、画面に"CLEAR"の文字が表示された。

が、やはり振り出しに戻るように画面上には"password"の文字が表示されていた。

3つ目のパスワード――

キラはアスランにPCを返し、心得たとばかりにアスランは異常をチェックしていく。
超絶なスピードのタイプ音を横で聴きながら、カガリは画面に遠く強く視線を向けたままキラに問うた。

「なぁ、キラ。
私はな、お父様はオーブを、
私を、
護る剣として暁を遺してくださったと思っていた。」

「うん。」

「でも、それだけじゃなかったんだ。」

「うん。」

「なぁ、キラ。
お父様は、何から私たちを護ろうとしたんだ?
どうして・・・?」

「きっと、それが最後のパスワードだよ。」

「それって・・・っ!」

「うん、きっと・・・そうだと思う。」

キラの言葉に、カガリはアスランの言葉を思い起こし、あの静かな響きが残光のように胸に残った。
『きっとウズミ様は全てご存知だったんだ・・・。』

さらにキラは続けた。

「それにね、ここまでのパスは何も知らない僕たちが偶然開いてしまう可能性がある。
だけど、ウズミ様はそんな危ないこと防ぐと思うんだ、絶対に。」

カガリは薄く閉じた瞼を震わせて俯いた。
――お父様はどんな想いで・・・。

キラは分け合った命を結ぶようにカガリと手を繋いだ。
こうして僕たちは、
この世界で生を受けたんだ。

「カガリ、大丈夫だよ。
一緒だから、ね。」

「キラ・・・。」

カガリはキラの顔を見て、霧のように霞ませる不安が消えていくのを感じた。
そして、繋いだ手を握り返して頷いた。
最後のパスワードを抱いて。





アスランはPCの画面上を幾度も確認し、導き出された結論に確証を付与させるように PCを閉じた。

「最後のパスはおそらく、音声だと思う。
何かあったら、呼んでほしい。」

そう言って、アスランはコックピットから背を向けた。
最後のパスを解除した先にあるウズミの遺言は、キラとカガリに宛てられたものであることを
アスランは分かっていた。
だから、2人きりすべきだと、
それはアスランの優しさだった。

しかし。

軍服の袖を引かれて、アスランは振り向いた。
そこには、琥珀色の瞳を潤ませて、それでも真直ぐに前を見ようとするカガリがいた。
そして、過去が重なる。

1度目の大戦の時、
死に別れたウズミから最後に渡された、真実が映し出した写真を手にして、

――君はキラに真実を告げようとして・・・

――あの時も君は・・・
   こうやって俺を引き止めて・・・。

「居ろって・・・
と、いうか・・・。
見てほしいんだ、一緒に。」

アスランへと届くカガリの声が過去も今も変わらないのは、
カガリが、過去も今この時も想いを真直ぐに伝えようと懸命に紡ぐから。

「わかった。」

アスランの言葉は短くても、それ以上に眼差しが多くを語るから
それが心に確かに届くから、
カガリは心強さを覚える。
顔を上げて、前を向ける。

そんなアスランとカガリのやり取りを横目に、キラは宇宙を仰ぐように上を見上げて微かに溜息をついた。
この場所に、ラクスが居てくれたらと願わずにはいられなかった。
と、キラは顔面に衝撃を感じ、
「っ〜〜〜〜。」
反射的に掌で顔を抑えながら視線を彷徨わせれば、膝の上にピンクのハロがのっていた。

「え・・・、何で・・・?」

ラクスと共にコンファレンスルームにいるはずのピンクのハロは、キラの膝の上で跳ねながら
"ハロ、隠レル!ハロ、隠レル!"
とはしゃいでいる。

――まさか・・・、いや、きっと。

ハロが飛んできた方向へ視線を向ければ、そこには豊かな桜色の髪を揺らしながらキャットウォークを駆けるラクスがいた。

「ピンクちゃ〜ん、何処ですか〜?」

歌うような声が格納庫に響き渡り、鋼を帯びた空気が薄桃色に染まる。

「ラクスっ。」
「キラっ。」

そう言って2人は、まるでひとつになるように手を取り合い、指を絡めて微笑みあった。

アスランがコンファレンスルームの方へ顔を上げれば、そこには笑顔で手を振るマリューとムゥがいた。
彼等の取り計らいに心から感謝をし、アスランは深々と頭を下げた。





キラとカガリは視線を合わせると同時に瞳を閉じた。

――僕は独りじゃない。

――私たちは、2人だけじゃない。

――だからこそ、受け止めることができたんだ。
   僕たちの宿命を。

――だからこそ、果たしたいんだ、
   私たちのすべきことを。

キラとカガリは最後の言葉を紡いだ。

それは、全ての始まりの言葉。

Freedom trail――


自由への軌跡に産み落とされた奇跡の双子は、
真実への扉を開いた。
 


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Chapter 8   blog(物語の舞台裏)
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