7-18 一本道






翌日、先延ばしにされていたプラント、オーブ間の協議は再開された。

硬く手を繋いで現れたキラとラクスに、
会場は水を打ったように静まり返った。
キラの白い軍服の上から分かるほど体の線は細くなり、
輪郭は削ぎ落としたように鋭かった。

オーブ側は、キラのあまりに変わり果てた姿に痛ましく表情を歪めたが、
プラントの委員会は、ユーリを除いて誰一人表情を変える事無く、
唯2人から視線を逸らした。

それを直視したアスランはユーリの言葉を思い出し、
冷たい汗が背中を伝うような感覚を覚えた。

『今回の彼女の振る舞いがプラントの最善の幸福に繋がっていると、
私はそう信じることに、
いつか疲れてしまいそうなんだよ・・・。』





定刻になり協議が開始されると、
キラとラクスは立ち上がり前へ進み出ると、厳かに頭を下げた。
繋いだ手を硬く握り締めながら。

カガリも立ち上がり、2人を真摯な眼差しで見詰めた。
あまりに遅すぎるプラントからの正式な謝罪に、
言葉は無かった。

カガリはキラとラクスに深い事情があることは承知していたが、
感情でオーブとして2人の行いを許すことは、代表の権限から逸脱している。
オーブは国として、真実を明らかにし、
場合によっては補償を求め、制裁を下さなければならない可能性もある。
それだけのことを、キラは犯している。

――それは何のためだ?

カガリは自分に問う。

――国の最善の利益のため、
   では、最善の利益とは何か、
   多額の賠償金を受け取ることか、
   オーブの国際的発言権を拡大することか、
   そんな貧しいものか。

席を離れ、ゆっくりとキラとラクスに歩み寄った。

――それは、共に生きることが出来る、世界をつくることだ。

そして2人の前に立ち、ワンピースの裾が乱れることも厭わずに片膝をついた。

「ここにいる皆は、お2人を受け止めたと思う。
だから、どうか顔を上げてほしい。」

今、この場で許すことが出来ないのならば、
受け止めればいい。
何故なら、その先の為に
この場があるのだから。

 




「さぁ、協議を始めよう。」

そのカガリの声を皮切りとして開始された協議は
クライン議長の出席によって全てが滞りなく決定していった。
オーブ側を内心驚かせたのは、
クライン議長が委員会の提案をほぼ全面的に承認したことだった。
つまり、ラクスはプラントと所属不明のMSとの関係性を否定する立場をとった。
地球連合軍と所属不明のMSとの交戦における責務としては
停戦への働きかけが不十分であった点に留められること、
この惨事に遭遇した目撃者としての責任において調査へ協力体制を敷く準備があること、
さらにプラントにおいても独自に調査を開始すること、
それら全てのイニシアチブをクライン議長自ら執ることが確認されていった。
その事実だけを鑑みれば
クライン議長が副議長によって選出された委員会と協調姿勢をとるように見えたが、
しかし、ラクスとキラの2人と委員会の温度差は歴然としていた。

最も真実に近い位置にあるキラは、ラクスの隣で静寂を保ち、
委員会から出された情報以上のものは提示することは無かった。
全てを沈黙の内に持つキラを
そしてそれを承認するラクスを、
委員会が快く思うはずが無かった。

ラクスとキラの示した答えから委員会が抱いたのは
信じることへの倦怠だった。


アスランから見れば2人の答えは、
ケイに関すること、正確にはメンデルに関するあらゆることを
ラクスとキラが議会に頼らず、全てを背負うこと示しているように感じた。

政治よりも、護りたいものを護るために。

――きっと、2人で決めたんだな。

キラとラクスの瞳の色は異なるのに同じように思わせるのは、
真直ぐ前を見据えた2人は、同じ覚悟を瞳に宿しているからだ。
しかし一方で懸念もあった。
メンデルに関する問題はプラントに深く根をはっており、
解決へ歩んでいくためには当然議会の力が必要となってくることは明白だった。
議員の持つ権力や影響力では無く、
民意を汲み上げた議員により国民の総意を民主的に形成することが
いずれ必ず必要となる。

――ラクスとキラへの信頼が、揺るがないと良いが・・・。

『キラ・ヤマトとラクス・クラインは孤独ではない。
何故なら、2人は常に寄り添っているからな。
だが、2人は孤立しているだろう。
誰も、彼等と対等になろうとはしないからだ。』

不意に思い出されたイザークの言葉に、
アスランは自分の思いが杞憂であることを願わずにはいられなかった。

 




この協議の間、ラクスの手が微かに震えていたことを知るのは
整然と並べられた机の下で、ずっと手を繋ぎ続けていた
キラだけだった。
ラクスがそっとキラへ意識を向ければ、
絡めた指に微かな力が込められた。
その度にラクスは、
この場へ来る前に言われたキラの言葉を思い出した。

『僕も一緒に戦う。
もう、ラクスを一人にはしないから。』

――キラ・・・。

ラクスがこの場で、毅然とした態度を保てたのは
繋いだ手がもう二度と離れることは無いと
信じ合えていたからだった。
こうしていられるのなら、
何処までも強くなることが出来た。



 

協議が終了した後は、こちらも先延ばしにされていた会食が行われた。
晴天に恵まれたこともあって屋外でおこなわれたそれは
オーブの豊かな実りと雄大な自然のもてなしも手伝い、終始和やかであった。
アスランがキラに突然告げられたのは、それがお開きとなった頃だった。

「カガリに話そうと思うんだ。」

目を瞠ったアスランは、何を、と問わなかった。
そんなこと、分かりきっている。

「決めたんだ。」

「キラ・・・。」

苦渋を滲ませたアスランの表情とは対照的に
キラは雲ひとつ無い青空のように澄んだ表情を浮かべていた。
それは、ラクスの瞳を彷彿とさせる。

「僕たちは真実を見つけなくちゃいけないんだ。
カガリも一緒に。」

アスランにだってそれは分かっている。
メンデルで生を受けたカガリもまた、同じ宿命を負っているのだから。
しかし、もし万が一、
カガリが受け止められなかった場合を考えれば
直ぐに頷けるはずがない。
最悪の場合のシナリオは、容易に組み立てることができる。

――カガリを失うことになる・・・。

そんなアスランの思考を透視したように、キラは続けた。

「それに、カガリなら大丈夫だよ。
僕たちがちゃんと受け止めるから。
君が傍にいるから。」

ね、と常と変わらぬ人懐っこい笑顔を見せたキラに
アスランは曖昧な表情を浮かべて
胸の痛みを抑えるようにさりげなく胸に手を当てた。
すると、軍服の上から微かにその内側にある石の存在に気付き
一つ鼓動が胸を打ったのを感じた。


カガリを護る。
あの誓いは、今も変わらず胸にある。
それでも、
アスランはラクスのように、愛する人の傍で
唯支え続けることは出来ない。
そしてキラのように、愛する人だけを
唯護り続けることは出来ない。

カガリを護ることは
カガリだけを護ることでは無いと、
それを互いが望まないと、
知っているから。

――じゃぁ、どうすればいい。
   カガリがフリーダム・トレイルを知って
   無事で済まなかったら、俺は・・・。


キラは、瞳に一筋の光を映したように真直ぐな視線で続けた。

「僕は、これからどんなことがあっても
それを受け止めるよ。
そして、護る。
だから、カガリに話そうと思う。」

キラの瞳から、揺ぎ無い覚悟が読み取れた。
ラクスと共に決めたそれを実現するために、
キラはラクスと共に唯一本の道を進んでいくのであろう。
迷うことも、立ち止まることも、逸れることも無く。
それが、2人の強さだ。


アスランは、遠く宇宙へ視線を馳せた。
答えは既に、胸の中にあった。




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