5-38 誰



画面越しに重ねあわされる思いを見届けるように
アスランは目を細め
音も無く踵を返し病室を辞そうとした。

「アスランっ!」

はっきりと、君が呼ぶ自分の名が聴こえて
はっとした。
振り返ると、決して消えることの無い光を瞳に集めたように
強くこちらを見詰める君がいた。
アスランは薄く頷き、

「死なせない。」

またひとつ誓いをたてた。





「キラ様っ!」
格納庫に現れたキラの姿を見て、エンジニアたちは息を呑んだ。
軍服の上からでもありありと分かるほど、
短期間では考えられないやつれ方をしたキラは
体を引きずるように歩みを進めた。
常の温厚さは嘘のように消え去り、蒼白の顔面は表情が欠落していた。
その異様な光景に目を奪われていたエンジニアは、慌ててキラに歩調をあわせたが
「お体はもう・・・。」
いくら問いかけても応えが返ってくることは無かった。
無視されている、そう感じさせることも無かった。
喩えて言うなら、聴覚も、感覚も、感情も、何もかも失っている――

他者が不在の世界にいるキラは、真直ぐにストライクを求めた。
迷わず、
ただ一心に、
自己の終焉を執行するために。




閉じた病室の扉の先へ、カガリは真直ぐに視線を送った。
こうして、彼の背中を見送るのは何度目だろうと、
ふと、カガリは思う。
そして、同時に思う。
信じることに、かつての様な迷いが無いことを。
誰よりも、アスランを信じるのだと。
そして、見送った者のすべきことも
今ならわかる。

カガリはラクスに向き直ると、
瞳を閉じて深く息を吸い込んだ。

「ラクス。」

「はい。」

カガリは胸に掌を当てながら、
ラクスに思いを届けるようにゆっくりと語りだした。

「私な、キラに会った。」

何時、そう問わなくともそれが物理的に不可能であることは火を見るよりも明らかであった。
しかし、

「はい。」

ラクスは微塵も驚きを見せずに、
むしろそれが当たり前に起こり得ることのように返事をしたことに、
傍に控えていたシンとルナは目を見開いた。

「キラの胸から、鼓動が聴こえなかったんだ。
あいつ、死ぬ気なんだって、分かった。
キラ、ラクスを守ろうとしてるんだ。」

何故、守ることと死ぬことが等式で結ばれるのか
カガリの言葉をじっと待ったシンとルナは理解できなかった。
それでも、

「はい。」

ラクスはそれを無条件に受容する。

「ごめんな、ラクス。
私、キラを、止められなかった。」

カガリは小さく首を振りながら視線を落とした。
自分の体が沈みこむ真白なシーツが、キラと再会した白い闇の世界を連想させ、
カガリの胸を刺した。

――それでもっ。

カガリはぐっと拳を握り締めると、真直ぐに顔を上げ前を向いた。

――キラが生きることを信じるなら、
   私は顔を上げていなくちゃ。

「ラクス。
キラの胸から鼓動は聴こえなかったけど、
聴こえた音もあったんだ。
ラクスの歌だ。」

カガリの言葉にラクスは瞳を見開き、
空色の瞳が切なく滲んだ。

「はい・・・。」

「ちゃんと、届いてるぞ。
キラに。
ラクスの祈りも、願いも。
ちゃんと。
だから、大丈夫だっ!」

そう言って見せたカガリの笑顔は、
目に見えずとも人をあたためる
陽の光のようだとルナは思った。

――“燈し”・・・。
  アスハ代表がそう呼ばれる理由がわかる。

そして隣に視線を流せば、そこには儚くも花のような笑顔をみせようとするラクスがいた。
それは、凛々しく強く平和を歌い紡ぐ、
天の女神の姿では無かった。

ラクス・クラインの姿では無かった。

ルナは思う、
これは一体誰なんだろう、と。 



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