3-38 その時



程なくしてカリヨン及び調査艦は、プラントに到着しようとしていた。

カリヨンでは、ラクスの腕の中でキラは眠り、

アスランは調査隊が再度作成した報告書の最終確認を行い、

調査艦では、コル爺とヴィーノは報告書の修正箇所を猛スピードでこなし、

マレーナを含めた他の調査隊の面々は報告書作成で燃え尽き、

アンリはメイリンの掌を包み、

ドクター・コールマンはその様子をじっと見つめていた。



ラクスの腕の中で、
ラクスから響く旋律に包まれながら、
キラは安らかな表情を浮かべていた。

あの時を境として、微かではあるがキラは表情を取り戻しつつあった。
最も、その機微を察知できるのはおそらくラクスだけであろうが。



アスランはコル爺から次々に提出さてくる報告書の改訂版を入念にチェックしながら、
同時にもうひとつの報告書に目を通す。

――あいつらは、どう受け止めるのだろう。

間もなく顔を突き合せるであろう戦友に思いを馳せる。
そして、もうひとつ。

――ルナマリアに、何と言えば・・・。

今も医務室で眠り続ける、変わり果てた妹の姿に
計り知れない衝撃を被るであろうから。
アスランはこの事故の責任を一手に負っていた。
メイリンの身に降りかかった事実をルナに伝えることは、
上官を代行するアスランの役割である。
しかし真実を伝えることはおそらく叶わない。

――それで、納得できるはずがないよな・・・。




キラとメイリンの今後の治療方針について話し合われた際に論点となったのはメイリンの行く先だった。
キラにはラクスが寄り添い、ゆっくりと治療を行っていくことが早々と決定した。
4年前の大戦後にも類似した状況に陥った際の経験から、
キラにとっては、ラクスと共にあることが最善の治療であること、
さらに、ラクスはメンデルの事実を受け止めていることを考慮すれば、
その決定にアスランは異論無かった。
問題は、メイリンである。
メイリンはプラントの最高機密に抵触した人物であり、
故に先例に従い、精神疾患を専門とする軍事施設に移すことは避けなければならない。
しかし、その事情を知るのはアスランとラクスだけである。
どのように話を進めるべきが、アスランが思案していた最中、
ドクター・コールマンからの進言に助けられることになった。

『病棟に隔離するのは最善だとは考えられません。
今、メイリンをひとりにしては、
心細い思いをさせることとなるでしょう。
それが治療にとって良い影響を及ぼすとは到底思えません。』

この意見には誰もが賛成の意を示そうとした。
しかし、大きな問題がある。
第一に、誰がメイリンに寄り添うことが出来るというのか。
ずっと付き添っていたアンリは、メンデル再調査の無期限停止により任を解かれ
オーブに帰国することはほぼ決定事項である。
では、実の姉であるルナにその役目をゆだねるのか。
さらにアスランが危惧したことは、
何も知らされることが許されないルナにかかる負担の重さだった。
コールマンによるメイリンの容態の経過報告を聞く限り、
アンリが付き添うことが快方へ良い影響をきたしていると希望的に判断できたとしても、
それは目に見えた結果は残念ながら伴っていない。
現に、未だメイリンの意識が正常に働くことは無く、
あの笑顔が戻る兆しすら薄い状況だと、コールマンは発言している。
それを血のつながりと過ごした時間の長さがクリアすると言うのか?
それに賭けるしかないとも言えるが、ではルナはどうなるのか?

――ルナマリアは責任感が強くて、
      情が篤いからな。

おそらく、メイリンを一心に背負って看病を続けるとみて間違い無い。
しかし、ラクスがキラにしたようなことが誰にでも可能な訳ではない。
むしろ、あれはラクスとキラだからこそ実現できた奇跡なのではないだろうか。
その漠然とした不安と儚い望みに、
アスランは頭を振った。




「も〜!マレーナさんも手伝ってくださいよ〜!!」
ヴィーノは目の下に隈を作りながらも、懸命に報告書の修正に全力を尽くしていた。
一方のマレーナは、つなぎのファスナーが閉まらない程の豊かな胸をたゆたゆとゆらしながらストレッチのポーズをとってる。
「あらぁ?私の担当箇所は全てOKもらったわよ?
それより、肩が凝っちゃって・・・。」
悩ましげに表情を曇らせるその姿に、周りの調査隊はごくりと生唾を飲み込む。
何故肩が凝ったのか。
当然、報告書の作成による筈なのだが・・・
その筈なのだが・・・
どうしても別の理由であると断定したくなるのは、男の性。
「ほれほれ、ヴィーノ、急ぐぞいっ!!」
と、コル爺の威勢の良い掛け声を皮切りにヴィーノはラストスパートをかけた。




「アンリ君は、メイリンのことが好きかい?」
ドクター・コールマンの突然の問いに一瞬アンリは目を見開いたが、
真直ぐな視線で答えた。
「はい。」
そこには疑いも、
不安も、
恐怖も、
迷いも無く、
ただ真直ぐな思いだけがあるように思われた。
コールマンは確認するように、ゆったりと頷いた。

「メイリンが、コーディネーターだとしても?」

「はい。
俺は、“メイリン”が好きです。」
そこに人種など関係が無いと、
アンリの言葉には含まれていた。
あまりに自然に答えるので、コールマンはいささか眉をひそめる。
「何故、そう言い切れる?」
「俺は、オーブで育ちました。
周りには、コーディネーターもナチュラルもいました。
男性も、女性も。
有色人種も、色んな民族も、移民も、先住民も。
人種も、個性も、文化も、歴史も、性別も、年齢も、
全部異なる人たちと一緒に生きてきました。
その中でわかったことがあるんです。」
「何かな?」
「アンリはアンリだってこと。
だから、あなたはあなただってこと。」

――俺は、カガリのような強さは無いし、
   ロイ兄みたいに頭が切れる訳じゃない。
   コル爺みたいに技術とアイディアを持ってる訳じゃないし、
   アスランと同じようにMSを操ることも、仕事を捌くこともできない。
   だけど、俺にだって出来ることがあるって知ってる。
   それを教えてくれた人がいる。

「そして、その当たり前の難しさと素晴らしさを、知りました。
だから俺は、人種等の枠の前に、
そのひと自身を見たいと思っています。」
受け売りですけどね、と、付け加えながらアンリは照れくさそうに髪を掻きあげた。
コールマンは何処か切なげに目を細めると、小さく頭を振った。
その仕草から感情の機微を読み取ろうとしたアンリの思考を遮るように、
コールマンは次の質問を投げかけた。

「では、別の質問をしよう。
もしも、君の大切なひとが犯罪者だとわかったら、
君はどうする?」

犯罪者という唐突なキーワードは、おそらくなんらかの比喩であろう。
そこまで思考が進みかけたが、アンリは質問の意図を詮索することよりも、
真摯に答えることを選んだ。
「大切に思ったことは、嘘ではないのだから、
それは変わらないことだと考えます。
ただ、別の感情が紛れてくるとは思います。
それでも大切に思いたいと、思います。」
快活に答えるアンリの態度に、コールマンは好感を覚えると共に笑みを零した。
その笑いにつられて、アンリも微笑む。

「アンリ君が、王子って呼ばれる理由がわかるよ。」
「あーっ、ドクターまでからかわないで下さいよ。」
冗談交じりに返すその言葉からも、彼の持つ優しさと前向きさがにじみ出ていた。

「じゃぁ。」
心なしか、コールマンの声色が低くなった。

「アンリ君はそれを本当に、実現できるかな?」

「実現できるように、努力します。」
「努力してできることなのかな?
それなら、人種を根とする戦争など起きないだろう?」
少し意地悪な質問だとわかりながらも、コールマンは問わずにはいられなかった。
その理由が、彼にはあった。
「俺ひとりだと、気持ちが折れるかもしれません。
だけど、同じ思いのひとがいるから。
そうやって励んでいるひとたちを、沢山知っているから。
何より俺には、一緒に生きていきたいと願うひとが沢山いるんです。」

コールマンはアンリを試さずにはいられなかった。
既に心は決まり、選択を下さなければならない時は刻一刻と迫っていた。

「そのひとりが、メイリンということかな?」

コールマンは最後の問いを投げかけた。
アンリは迷わず、強く頷いた。
「はい。」
コールマンの心が、決まった瞬間だった。

しかし、それがアンリの一言で、揺れる。

「そして、ドクター、あなたも。」

コールマンの切れ長の瞳が一瞬見開いた、
アンリはその反応の意外さに一瞬驚きの感情がわいたが、
すぐに笑顔を取り戻した。
コールマンは力なく視線を下げると、
苦いような笑顔を浮かべた。

「オーブが、強くなる訳だ・・・。」

――受け容れることが、できるのか・・・?
   ひとは・・・
   絶対的に異なる他者を・・・
   自己を脅かす他者を・・・

コールマンはもう一度アンリを見遣ると、
そこで輝きを見た気がした。
それは挫折を知らない初々しくも儚い光ではなく、
自らの信念を削り、くべ、炊きつけ続ける意志を持った光。
オーブが持つ、強い光――。

――だからこそ、強い・・・。

光とは希望を意味するのだと、コールマンは思っていた。
しかし、眼前の光は、
自己から切り離された世界の光として映った。

――この光に、何を託そうと言うのか、
   私は・・・。

いつの頃からか、
コールマンの感情の動きをつかめずにいること自体に、アンリは違和感を抱いていた。
それでも、理由無しに感情に寄り添いたくなるのはアンリの性だった。

二の句が紡がれる瞬間に、
砂時計の砂が全て落ちた。


それは到着の合図だった。 

 


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