Bouquet
澄み渡る青空の下、厳かな鐘の音が響き渡る
幸せな二人を祝うかの様な晴天に知らず笑みがこぼれる
今日は部下の結婚式、休暇申請は随分前に提出してあったのだが・・・
急な会議が入ってしまった
披露宴のスピーチを頼まれていたから、それにはどうにか間に合う様に都合をつけたのだが
式の参列は微妙なタイミングとなってしまった
遅刻するくらいなら披露宴だけでも、とも思ったが前々からの招待だったし
遅れても祝いの言葉の一つもかけてやりたかったので大急ぎで式場へ向かったのだった
目当ての式場に到着した時、教会の扉が開き新郎と新婦が祝福に包まれながら出て来た
ぎりぎり、間に合ったんだろうか?
式次第などさっぱりのアスランには判らなかったが取り合えず参列客に混ざり二人の門出を祝う
と、歓声が止み静かになったと思ったら花嫁が後ろ向きになった
何をしているのかと訝った途端、再び歓声と共に空に舞う可愛らしい花束
活動的で元気いっぱいのあの人を思わせる黄色とオレンジを基調としたそれに我知らず微笑んだ、その時だった
我先にブーケへと手を伸ばす若い女性達の手をすり抜けて突風が可憐な花束をさらってゆく
再び空高く舞い上がったブーケはそのままだと側にある噴水に落ちてしまいそうだった
これでは折角の花束が不憫だと思ったアスランは咄嗟に手を伸ばし・・・
ぱさり、とブーケはアスランの手の中に納まった
途端に沸き起こる歓声、きょとんと首を傾げるアスラン
花束が無残な様を晒すのは忍びなくてつい拾ってしまったんだが・・・
拙かっただろうか?
若干の不安にかられたその時、部下である新郎が此方に気付いて走り寄って来た
「准将、来て下さって有難うございます!お忙しいのにすみません。」
「いや、俺も今来た所なんだ。遅くなってすまない。」
ぺこり、と頭を下げる部下に苦笑いしつつ、遅刻を詫びた
「いえ、式参列は難しいとお聞きしていましたのに。こうやって来て頂けて嬉しいです。」
「先に招待を受けていたのにな。急な話で本当にすまない。」
「大事な会議だと聞いています。俺、いや私のせいでご無理させてしまい申し訳ありません。」
「気にしなくて良い。めでたい事なんだ。平和になった証拠だろう?
結婚おめでとう。月並みかもしれないが二人ともお幸せにな。」
「有難うございます。この後の披露宴には・・・?」
「大丈夫だ、出席させて貰うよ。」
嬉しそうな新郎新婦を微笑ましく思いながら、先ほどの花束を差し出すアスラン
「これ、あのままだと噴水に落ちてしまっただろう?
だから咄嗟に拾ってしまったんだが・・・。
欲しがっていた人が大勢いたみたいだからその人達にあげてくれ。
俺が持っていても仕方ないし。」
「いいえ、准将が受け取られたのですからどうぞお持ち帰り下さい。
私たち二人からのプレゼントです。」
新婦が笑顔で教えてくれた
花嫁のブーケを手にした者は花嫁の幸せに肖れると
手にした女性は次に花嫁衣裳を身に纏う事が出来ると言われているのだそうだ
だから結婚を願う年頃の娘達は争って欲しがるのだと
「それは悪い事をしたな。結婚とは一番縁が薄そうな俺が拾ってしまうなんて。」
思わず呟くアスランに新郎である部下が答えた
「いえ、あのままだと誰にも受け取られる事なく散ってしまう所だったのですから准将に受け取って頂けて良かったのです。」
「まさか、あんなに飛んでいくなんて思ってもみなくて・・・。」
「いきなりあんな強い風が吹くなんて誰も思わないさ。あれじゃ仕様がないよ。」
恥ずかしそうな妻の言葉に優しく慰める夫、本当に仲睦まじい二人だ
「准将だってひょっとすると近いうちに良いお話があるかもしれませんよ?」
意外にも本気で言っている様子の部下に肩を竦めるアスラン
「ははっ、それは無いよ。今はそんな事考えている暇はないし仕事が恋人みたいなモンだからな。」
そう、今はまだ漸くオーブ国内が落ち着きつつある、そんな状態
世界の平和と安定にはまだまだ時間が掛かるだろう
それでもこうして部下の結婚式に臨める様になったのだ
今が頑張りどころなのだと思う
そんな今の自分が結婚など・・・考えた事もなかった
無論、心に想う人はいる
恋人どころか振られてもまだ未練たらしく想っているだけの、だけど大切な気持ち
誰にも知られない様に抱えて・・・否、彼女だけが知っている心
「でも、何方か想いを寄せる方はいらっしゃるのでしょう?その方にお渡ししてみてはどうですか?」
そんな人は居ないよ、と笑って誤魔化したアスランだったがどうしてか、その言葉は彼の胸に残ったのだった
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披露宴でのスピーチも無事に終え、仲睦まじく寄り添う二人に見送られ帰路につくアスラン
決して少なくはないアルコール混じりのため息をひとつ吐き出し、ブーケと引き出物が詰まった紙袋を片手にぼんやりと考える
彼女を想う気持ちは何一つ変わらずに胸に秘めてきた
けれど彼女がオーブの為に生きる事を選んだ様に、俺もまたこの国と世界の安寧を願ってただひたすら前を向いて走り続けてきた
願う未来の為に・・・
───それは彼女の笑顔、幸せ、カガリが自身の幸せを願える世界・・・
忘れていた訳でも失くしていた訳でもない、閉じ込めていた想いがじわりと滲み出てくる気がした
『でも、何方か想いを寄せる方はいらっしゃるのでしょう?その方にお渡ししてみてはどうですか?』
きっとそれを告げた本人は深い意味を込めていた訳ではないだろう
だけどその言葉は胸の奥にそっと仕舞っていた想いを呼び起こした
確かにこんな自分が持っていても枯らすだけの花束、彼女に渡すというのも悪くない
オーブ軍に身を置いて数年、慕ってくれる部下も増え
徐々に平和になっていく中で結婚式に呼ばれる事も増えた
カガリや沢山の人達の尽力のお陰だ
自分達の頑張りが実を結ぶのは嬉しいものだ
人付き合いが得意ではない自分が、苦手ながらもこうやって式に参列するのも
目にする笑顔が平和を実感出来るからに他ならない
今まで貰った引き出物はその殆どを人に譲っていた
例えばマルキオ様の孤児院に、引き出菓子ならば軍へ差し入れたり
独り身の自分には余るものばかりだったから
物に不自由などあり得ないカガリに貰ってもらうなど考えた事も無かったけれど
一軍人の自分が国の代表に花を贈るなど(嘗ての私的護衛の立場だった頃ならばいざ知らず)問題かもしれないけれど
あの花束に罪は無い、ましてや貰い物の花束だ
花嫁の幸せに肖れるというのなら
昔の戦友として彼女の幸せを願う事くらい、許されはしないだろうか?
普段の自分では考えられない様な思いつきに苦笑する
どうやら思っているよりアルコールが過ぎたのかもしれない
元々、酒に弱い訳ではないから大分疲れているのだろうか?
それでも溢れ出してしまった想いを、今更止める術など知らない
全てを酒の勢いのせいにして身を任せてしまおうか?
そんな事を考えながら、兎も角も残してきた仕事を取りに軍本部へ向かう
運よく彼女に会えたら・・・そんな事を思いながら
まさか本当にカガリとばったり出くわすなんて、思ってもいなかったんだ
今日の俺は運に背中を押されていると錯覚したって無理はないだろう?
「何だ?お前、今日はオフじゃなかったのか?」
「ああ、代表。お疲れ様です。時間があったので残っている仕事を取りに戻っただけです。」
内心の動揺を押し隠して笑顔で答える
「たまの休みくらいきちんと休めよ?部下にも示しがつかないぞ。」
そう声をかけたカガリはやけに大きい紙袋を提げているアスランに気付く
「何だ、大きな荷物だな。そうか、確か結婚式に呼ばれていたと言っていたな。そのまま本部へ来たのか?
よくよく仕事人間な奴だな。二次会とかには行かないのか?誘われたんだろう?」
「式ならば兎も角、そういったものは苦手ですから。」
苦笑いを浮かべ答えつつ、きっと今しかチャンスはないのだと心を決める
「代表、貰い物で申し訳ありませんが良かったらどうぞ。なんでもオーブで最近人気の店のお菓子だそうです。
私は甘いものは苦手ですので。その・・・ご迷惑でなければ。」
決して軽くはない引き出物の詰まった紙袋を目線の高さへ持ち上げて頭を下げる
突然の申し出に少々驚いた様子のカガリだったが直ぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた
「そうか。じゃ、頂こうかな。
ちょうどいい、お茶にしようと思っていた所だ。准将も付き合え。」
ぐい、と肩を引かれ予想以上の返答を貰えたアスランは、有難く申し出を受けたのだった
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人払いを済ませた執務室に通されたアスランは睨みをきかせて今は敬語は無しだぞ!と告げるカガリに苦笑しつつ
紙袋から可愛らしく包装された箱を取り出し手渡す
「けど、今までどうしてたんだよ?今日は偶々私が貰ったけど。」
「ああ、大抵はマルキオ様の所に持って行くんだけどな。このお菓子、洋酒使ってるらしいから子供達には無理だろう?」
「なるほどな。」
「君に会わなければ差し入れって言って詰め所にでも置いておこうかと思っていたんだが。
くれた当人が知れば悪いしな。本当に助かったよ。」
受け取ったカガリは中身を開けて小さな歓声を上げる
「噂には聞いていたんだけど、中々機会が無くて。一度食べてみたかったんだ。
うん、やっぱり美味しそうだな。」
「それは良かった。アイツ、得意げに美味いと教えてくれたんだが正直甘いものは苦手だからな。
どうしようかと思っていたんだ。まさか君に食べて貰う事になっているとは思ってもいないだろうが。」
「あはは、そうだよな。うん、ラム酒かな?良い香りだ。」
箱から取り出した菓子をくんくん、と匂いを嗅いでいる様はとても国家元首には見えない
ただの普通の女性・・・彼女自身が望んだ事だし、人の幸せなどそれぞれだ
わかってはいても普通の女として生きられない彼女を思うと胸が痛む
お茶の準備をしているカガリは立ったままの俺に声をかける
「おい、そんな所に突っ立ってないでコッチに座れよ?」
「その、貰って欲しいのはお菓子だけじゃないんだ。」
ポットからお茶を注ごうとしていたカガリは手を止めてきょとん、と此方を見る
「君に。花嫁の幸せにあやかれるらしいから。その、俺じゃ枯らすだけだし。」
上手く言葉を紡げずに、赤い顔でただ花束を差し出す俺に暫くぽかんとしていた彼女だったが突然噴出した
「何だよ?お前、ブーケ貰ったのか。アレって未婚の女性が貰うんじゃなかったか?」
「らしいな。別に欲しくて拾った訳じゃないぞ。あのままだと噴水に落ちそうだったから咄嗟に・・・。」
「成る程、お菓子は口実でコッチが本命か。」
「ご推察、恐れ入ります。俺が花束プレゼント出来る女性なんて他に思いつかないよ。」
「よく言うよ。オーブ軍きっての色男がさ。」
「本気で言っているのか?」
「まさか。軍本部でお前見た時、何か変だなって思ったんだ。そうゆう事だったんだな。
分かった。ブーケも有難く頂くよ。お前もいい加減座れって。」
くすくす、笑いながら再びお茶を注ぎティーカップをトレイに載せて運んでくる
ふぅ、とため息をつきつつ俺は漸くソファに沈み込む
「普段は仕事の鬼、の准将殿も流石にお疲れみたいだな?」
「ああいった席は苦手だよ。気疲れする。いっそ仕事の方が気が楽だ。」
実際にはブーケの件のせいもあるのだが、今更口にするつもりは無い
今日の休みを取るためにかなりハードスケジュールだったのは確かだし気疲れも本当の事だし・・・
お茶をテーブルに置いて自分も向かいのソファに腰掛けるカガリ
「そんなモンか?楽しいだろ?」
「上司として参列しているんだし、そうそう浮かれてもいられないだろう?」
「お前に限ってソレは無いと思うぞ?それよりお前が部下に慕われてるって事が嬉しいけどな。」
「スピーチばかりさせられるのは堪らないけどな。」
まぁ、実際どの部下も自分より上の上官がいないのだから無理もないのだ
その上頼みやすいとくれば自分にそれが回って来るのは当然と言えるだろう
目の前に置かれたティーカップを手に取り、ゆっくりと味わう
「ああ、いい香りだな。それに美味しい。なんて言うお茶なんだ?」
「名前は忘れたんだけど、この間ラクスが送ってくれたハーブティーなんだ。疲れた時に飲むと良いって。
私もお気に入りでさ。お前、疲れた顔してたからちょうど良いかなと思ったんだ。」
「そうか。普段は珈琲ばかりだけどたまにはこんなのも悪くないな。
なんだかほっとした気分になる。」
「そうか、喜んで貰えて良かった。ラクスにもそう伝えておくよ。」
「お菓子も美味しいぞ。お前も少しは食べてみろよ?疲れた時は甘いもの食べた方が良いんだぞ?」
そう言われて一口食べてみたものの・・・
「美味しいんだろうけど・・・俺にはよく分からないな、甘いって事しか。」
「そっか。まぁ、苦手じゃしょーがないけど勿体無いな。こんなに美味しいのに。」
嬉しそうに食べている君を見ている方がよっぽどご馳走様な気分だったりするのだが・・・
「今日は久しぶりに話せて良かった。普段のお前は徹底して部下としての態度を通すもんな。
公私混同を嫌うお前らしいけど。マリューさん達はプライベートだと普通に話してくれるんだぞ。
ま、お前の言い分も分かるんだけどさ。」
幾ら嘗ての戦友とはいえ、男と女である
国家元首と一軍人の自分
アスランにとって彼女の邪魔になる事だけは絶対にしたくない
「お菓子も美味しかったし・・・。それからブーケも、嬉しかったよ。
大きな花束だったら嫌って程貰った事あるのにな。
私みたいな立場だとさ、流石にああゆうの貰うチャンスなんて無いし。
本当をいうと少し憧れていたんだ。別に結婚したいって訳じゃないんだぞ?」
ブーケを手にしながらカガリは思う
結婚式に良い思い出などない、寧ろ忘れてしまいたい位だ
けれど相手がユウナでなければ?愛する人とであったなら?
国と共に生きる決意をした自分にはもう再び纏う事も無い純白だけれど・・・
女の幸せへの憧れが消えてしまった訳ではない
女である前に為政者である事を選んでしまっただけで
「分かってるさ。貰い物の花束だけど、喜んで貰えたみたいで安心したよ。
男の俺が持っているより相応しいと思ったから。その・・・よく似合ってる。」
彼女にぴったりの明るい色合いで纏められた愛らしいブーケ
それを大事そうに抱え、恥ずかしそうに笑う彼女は年相応の女性の顔で・・・
嘗て彼女が望まぬ純白を纏った事は知っている
それが彼女にとって辛い思い出だと言う事も
でも、だからこそ幸せになって欲しいと願う
人々の幸せを願い自らを後回しにしてしまう、心優しい彼女の幸せを・・・
─────世界中が平和になれば、君は自分の幸せを願ってくれるのだろうか?
だからこそ、自分はひたすら前に進むしかないのだ
彼女の願いは俺自身の願いでもある・・・
こんな自分を人は笑うのだろうか?それでもこの願いを諦めるつもりはない
だって俺は今だって十分幸せだから
今が幸せだって・・・知っているから
それにしてもこのブーケのおかげで早速幸せに肖れた様だ
愛しい人の笑顔と心休まるひと時を得る事が出来たのだから
十分以上に満足したアスランは腕時計をちらり、と確認する
これ以上、彼女の時間を割く訳にはいかないな・・・
自らに言い聞かせる様に言葉を紡ぐ
「そろそろ、お暇するよ。美味しいお茶をご馳走様。
元気になったところでもう一仕事頑張ってくるかな。」
ソファから立ち上がり、ドアへと向かうアスラン
「お前、仕事も大概にしとけよ?」
あきれた様子のカガリに笑って答える
「君もちゃんと休めよ?補佐官から聞いてるぞ。代表は中々休みを取ってくれないって。
誰だっけかな?部下に示しがつかないって言っていたのは。」
「五月蝿いな。お前に言われたくないぞ。ぶっ倒れてもしらないからな。」
「心配いらないさ。これでも鍛えてるから。この程度で根をあげるつもりはないよ。
それにエネルギー補給、させて貰ったしな。」
「何だよ、それ?」
不満そうに口を尖らせるカガリに笑って手を振り、執務室を後にする
こんな風に側にいられる時間を貰ったら・・・頑張るしかないだろう?
単純過ぎる自分に笑うしかないけれど、そんな自分は嫌いじゃない
先は長いのだ、諦めの悪い自分は何処までも足掻いていくだろう
願う未来を手にする、その日まで・・・
2012.8.25
Special
Thanks きょうこさま
きょうこさまのサイト 夜明け にもステキな物語がいっぱいです。
是非ご覧ください!
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Blog(物語の舞台裏)