3-11 凍てついた胸の内




アスランは調査艦に戻った。

キラの保護を優先してカリヨンへ向かったのは、
自立的に行動できる調査隊への信頼があったからこそだった。
加えて、ケイとの会話から推測するに、
エレウテリアーがこちらを追跡し攻撃を仕掛けるとは考え難かった。
むしろプラントまでの安全な運航を妨げる恐れは、
外部ではなく内部にあった。

この状況を受けて精神的に不安定になるであろうことは容易に予想でき、
二次災害の蓋然性があった。
つまり、クォンとダニエルの後を追う者や、
メイリンやキラと同様に錯乱状態に陥る者の出現である。
その引き金となる“あの情報”は
全てアスランが掌握していた。
これさえ漏れなければ最悪のシナリオは免れる。

この事態を通して隊が被った衝撃をケアし精神的負担を軽くさせ、
プラントまで安全な運航を確保すること。
それは隊長を代行しているアスランの最優先の役割だった。




艦内の温度は一定に保たれているはずであるのに、
寒気を催す程冷え切っているように感じられた。
デッキには、仁王立ちでアスランを迎えるコル爺の姿があった。
まるでそこに重力が働いているかのように、
しっかりと足を踏ん張るように、コル爺はすっくと立っていた。
その姿を捉え、アスランは胸の奥がほのあたたかくなるのを感じた。
そこで初めて、いかに胸の内が冷え切っていたことに気が付いた。

「みんなの様子は・・・」
とアスランの問いかけの言葉を聞く素振も無く、
コル爺はアスランの腕をむんずと掴んで引っ張り込む。

「あ・・・あのっ。先に状況をっ」
アスランがコル爺の肩越しに申し出ると、コル爺は鋭い目付きでアスランを一瞥した後に
視線をアスランの腹部に移した。
「まったく、自分の手当てもせんでっ!」
アスランははっとして、腹部に手を当てた。

キラがケイへ向けて発砲した弾が掠ったことは、
アスランの記憶と感覚から消え去っていた。

「失念していました。」
アスランは小さく苦笑すると、
「バカヤロウ!!」
と、コル爺の檄が飛んだ。

耳を劈く大音量を、アスランは懐かしく感じた。



コル爺は割り当てられた部屋にアスランを押し込むと、
強制的にアスランの軍服をひっぺ返し傷の具合を見た。
慣れた手つきで、大雑把に的確な処置を施していく。
うん、と頷きながら今度はアスランをバスルームに突っ込み、
「着替えを持ってきてやるからな!」
と言い残して勢い良く扉を閉めた。
「ありがとうございます。」
アスランはぎこちなく、確かに笑みを浮かべた。

凍結した胸の内が、
オーブの常夏の風を髣髴とさせるあたたかさで溶け出していくのを
心地よく感じた。 
 


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